連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第68回
『舟を編む』などの話題作を手掛けてきた石井裕也監督が、オール韓国ロケで作り上げた映画『アジアの天使』。
本作は、それぞれが心に傷を持つ日本と韓国の家族がソウルで出会い、国を入り交えて新しい家族の形になるさまを描いたロードムービーです。
映画『アジアの天使』は、2021年7月2日(金)テアトル新宿ほか全国公開!
妻を病気で亡くしたシングルファーザーの青木剛とひとり息子の学は、ソウルで気ままに暮らす剛の兄の元へ行きます。片や韓国では、タレント活動をしているソルとその兄と妹がつつましい暮らしをしていました。
石井裕也監督作品常連の池松壮亮が剛を演じ、オダギリジョーがその兄透に扮します。やることも性格も正反対のこの兄弟に何が起こるのでしょうか。
韓国の美しい風景と共に描かれる新しい家族のカタチ、『アジアの天使』をご紹介します。
映画『アジアの天使』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【脚本・監督】
石井裕也
【撮影監督】
キム・ジョンソン
【プロデューサ・脚本】
石井裕也
【エグゼクティブプロデューサー】
飯田雅裕
【プロデューサー】
永井拓郎、パク・ジョンボム、オ・ジユン
【共同プロデューサー】
神保友香
【音楽】
パク・イニョン
【出演】
池松壮亮、チェ・ヒソ、オダギリジョー、キム・ミンジェ、キム・イェウン、佐藤凌
【作品情報】
『舟を編む』(2013)『生きちゃった』(2020)『茜色に焼かれる』(2021)の石井裕也監督が、韓国人スタッフ&キャストとともにオール韓国ロケで撮りあげた作品。
妻を病気で亡くしたシングルファーザーの青木剛と息子の学、ソウルで気ままに暮らす剛の兄という日本人3人。韓国でタレント活動をしているソルとその兄と妹の韓国人3人。この日本と韓国の家族がソウルで出会い、言葉が通じないながらも、新しい家族のカタチになるさまを描き出します。
青木剛を演じるのは『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』『町田くんの世界』の池松壮亮。剛の兄には、石井監督演出のTVドラマ『おかしの家』で主演を務めたオダギリジョー。元アイドルで売れない歌手のソルには、『金子文子と朴烈』(2017)、『Our Body』(2018)の実力派のチェ・ヒソが扮します。
映画『アジアの天使』のあらすじ
8歳の学(佐藤凌)の父で小説家の青木剛(池松壮亮)。
剛は病気で妻を亡くし、疎遠になっていた兄の透(オダギリジョー)から「韓国でやっている仕事が順調だからこちらへ来ないか?」という誘いを受け、学を連れて兄の住むソウルへ行きます。
剛はほとんど韓国語も話せないのに、自由奔放な兄の言うがまま、怪しげな化粧品の輸入販売を手伝う羽目になりました。
一方、元人気アイドルの韓国人ソル(チェ・ヒソ)は、自分の歌いたい歌を歌えずに悩んでいます。
それでも、亡くなった父母の代わりに、兄・ジョンウ(キム・ミンジェ)と喘息持ちの妹・ポム(キム・イェウン)を養うため、細々と芸能活動を続けていました。
クリスマスが近づいたある時、透は韓国人の相棒に商品を持ち逃げされ、全財産を失います。
困った兄弟は、最後の切り札として、まだ誰もがやったことのないワカメビジネスをすることにします。
ワカメ事業を始めるためのワカメを求めて、ソウルから北東部にある海岸沿いの江陵を目指しました。
同じ頃、ソルは事務所から一方的に契約を打ち切られ、兄と妹と3人で両親の墓参りに向かうことにします。
偶然にも同じ電車に乗り合わせた日本人3人と韓国人3人。
会うはずのなかった人々が、思いがけない出来事が重なって、共に旅することになります。
映画『アジアの天使』の感想と評価
言葉は通じなくても分かり合える
映画『アジアの天使』では、どん底に落ちた日本と韓国の2つの家族が一緒に旅をします。
日本人の青木透と剛の兄弟と剛の子ども学、韓国人のソルとその兄と妹の2組です。
言葉が通じずお互いの意思の疎通が難しいなか、2組の家族は目的地が近いこともあり、韓国在住の長い透の韓国語を頼りに、同行することになりました。
妻を病気で亡くした剛と母を病気で亡くしているソルは、話したいことがあるのに、日本語と韓国語では会話になりません。
韓国語も出来ないのに韓国で暮らすつもりだった剛に驚きますが、剛は誠意があれば伝わるという信念をもってソルに接します。
片言の英語とジェスチャーで語りだした2人のたどたどしい会話。自分の語りたいことを真意を持って伝え、それが通じた時の喜びが手に取るようにわかります。
流れるように飛び出す言葉よりも、心と心で語り合うほうが相手の真意がわかるようです。
透は剛に「この国で必要な言葉は2つだ」と説きました。「メクチュ・チュセヨ(ビールください)」と「サランヘヨ(愛してる)」。
剛とソルには、最低限と提示されたこの2つの言葉ももう必要ないと言えます。
食卓を囲む家族の姿
本作の主人公たちは2組の家族です。頻繁に喧嘩もするし、お互いに悪く言ったりするのですが、生きづらい社会を肩寄せ合って生きています。
彼らは、偶然の出会いをきっかけに旅に出て、道中起こる様々な出来事を共に体験します。
時には悪化した日韓関係について話しながら、同じ食卓を囲む一つの家族のようになっていきます。
この食卓に登場する大皿に盛られた韓国料理に思わず目を見張ることでしょう。お店の料理や普通の家庭料理の場合もありますが、そこでは誰もお上品に食べたりしていません。
膝をたてたり、ズルズル音立てて麺をすすったり、ガチャガチャと小皿に料理を取り分けたり……。
無心に食べることだけを愉しむリラックスした食事風景に、気を許した相手にだけ見せる本当の姿が見いだせます。
ヘンテコな天使も登場?
旅の途中、剛とソルはお互いに“天使”に会ったことがあるという話をします。
この天使こそ、石井監督の肝入りキャラクター! オダギリジョー主演の2015年のTBS系TVドラマ『おかしの家』でも登場したキャラです。
天使は西洋の可愛い少年のようなイメージを持つ人が多いでしょうが、ここで話に出る天使は、いわゆる“ヘンテコな天使”。
その姿を見れば、「天使という偶像」の固定観念がぶっ飛んで、思わず笑ってしまうことでしょう。
いつの間にか頭に焼き付いた価値観や固定観念は、いったい誰が決めたものなのか……。
天使の存在を一例とし、本作では人が自由に自分の人生を生きる上には、そんなものに囚われなくてもいいということを諭してくれているようです。
血が繋がっていなくても、言葉が通じなくても、お互いに分かり合っていれば、家族のようなカタチの生活も送れるのではないか、そんなポジティブな気持ちが湧いて来ます。
まとめ
映画『アジアの天使』はラブストーリーではありません。生きづらい社会で心を寄せ合って生きる新しい家族のカタチを描いているのです。
石井裕也監督は、2017年から本作の脚本を書き始めました。日韓関係が悪化する中、オール韓国ロケを達成して映画を完成させました。
透と剛の兄弟と子どもの学、そしてソルたち兄妹との不思議な旅の終わりにはどんな結末があるのでしょうか。
海を見つめる剛と学の後ろ姿に明るい未来も感じとれ、ポジティブになる作品となっています。
そこには、人種や国籍に囚われない自由な生き方への憧れも秘められているのでしょう。
日本人と韓国人の2組の家族を主人公にすることで、分かり合ったり反発し合ったりする家族のようなカタチを両国に求めるメッセージも秘めていると言えます。
映画『アジアの天使』は、2021年7月2日(金)テアトル新宿ほか全国公開!