連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第38回
浮世離れしたアメリカンドリーマーの華麗なる転落
今回取り上げるのは、2014年日本公開の『クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落』。
不動産で巨万の財をなしたアメリカの大富豪シーゲル夫妻の転落人生に密着した、リアルドキュメントです。
【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落』の作品情報
【日本公開】
2014年(アメリカ・オランダ・イギリス・デンマーク合作映画)
【原題】
The Queen of Versailles
【監督・製作】
ローレン・グリーンフィールド
【製作】
ダニエル・レンフルー
【撮影】
トム・ハーウィッツ
【編集】
ビクター・リビングストン
【音楽】
ジェフ・ビール
【キャスト】
デヴィッド・シーゲル、ジャッキー・シーゲル、ヴィクトリア・シーゲル、ドナルド・トランプ
【作品概要】
不動産で巨万の富を築いた夫婦が、2009年のリーマンショックにより頂点から転落していく過程を記録したドキュメンタリー。
ヴェルサイユ宮殿を模した巨大新居をアメリカに建設しようとした、夫婦の顛末に密着します。
サンダンス映画祭ドキュメンタリー監督賞をはじめ、50を超える世界中のメディアの賞を受賞するなど、批評的にも興行的にも大ヒットを記録しました。
映画『クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落』のあらすじ
無一文から、年収500万円前後の庶民向けのタイムシェア(共同所有)リゾートビジネスで、巨万の富を築いたデヴィッド・シーゲルと、彼の3人目の妻で元ミスフロリダの経歴を持つジャクリーン(通称ジャッキー)。
それまで2500平米もの大邸宅で贅沢な暮らしを送っていた2人は、アメリカ最大の邸宅を作るという夢を抱き、2007年、総工費100億円を費やし、ヴェルサイユ宮殿を模した8500平米の巨大邸宅をフロリダに建設すると発表します。
建設は順調に進んでいたものの、翌2008年、サブプライムローンの破綻(リーマンショック)によって運命が一転してしまい、2人は莫大な借金を抱え、大邸宅の建設も行き詰まることに。
デヴィッドは金策に走るようになりますが、一方のジャッキーは節約をする気持ちはあるものの、なかなか浪費癖が抜け出せません。
はたして、彼らの運命は?
当初の撮影プランを逸脱、予想だにしないドキュメンタリーに展開
本作『クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落』は、大富豪のシーゲル夫妻がフロリダに巨大邸宅を建てるとして、監督のローレン・グリーンフィールドがその模様を記録しようと、2007年から撮影を開始。
最初の予定では、邸宅の完成をゴールとした現代のアメリカンドリームの体現を追うというものでしたが、それが大きく変わることとなったのは、翌年秋に起こったリーマンショックからでした。
金融恐慌のあおりを受け、一気に巨額の負債を抱えてしまったシーゲル夫妻は、保有するホテルの売却や大規模なレイオフを行いつつ、邸宅完成を目指すこととなります。
アメリカドリームの成功ところか、地獄のどん底に落ちてしまう模様を収める展開になるとは、当然ながらグリーンフィールドも予想だにしていなかったと語ります。
ここに、先が読めないドキュメンタリー映画制作の奥深さがあります。
金策に走る夫と、浪費癖が止まらない妻
リーマンショック前までは、とにかく贅の限りを尽くす生活をしていたシーゲル夫妻。
しかし財政破綻したことで、夫のデヴィッドは半分ほど完成していた豪邸の建設を中断し、会社の立て直しに奔走するようになります。
一方、妻のジャッキーは、それまでのセレブ生活から抜けきれません。
「節約のため」と言いながら、専用リムジンでマクドナルドに乗り付けてポテトをほお張れば、ショッピングモールでは日用品を大量に爆買い。
その買い物品も、家に置ける場所がなく貯まる一方で、倉庫には乗ったことのない自転車が20台以上も積まれている有様。
家政婦から止められるぐらい、子どもたちへのクリスマスプレゼントも買い込んでしまう彼女の金遣いぶりに、デヴィッドも神経過敏となり、光熱費を節約しようと「俺を愛しているなら、電気を消せ!」と怒鳴る始末です。
物が貯まるのに反比例するかのように、お金の貯えは減っていく一方。
ついには家政婦を雇う金もなくなり、家の中は犬のフンの後始末もできなくなるほど汚れていきます。
豪邸を建設時、なぜヴェルサイユ宮殿のようなデザインにしたのかと尋ねられ、「私にはそれが出来るから」と答えていたデヴィッド。
ちゃんとしたトイレを作らなかったために、あらゆる所が排泄物だらけだったと云われるヴェルサイユ宮殿を、まさかこのような形で再現するとは、彼自身夢にも思っていなかったことでしょう。
お金とは、成功とは、幸せとは何か
多くの人は、金持ちセレブの凋落ぶりがどんなものなのかを目当てに、本作を鑑賞したことでしょう。
確かに、デヴィッドの常軌を逸した成金趣味には度肝を抜かれますし、ジャッキーの危機感のない金銭感覚には呆れ、笑ってしまいます。
ただ、最初の撮影プランとは大きく逸脱したものの、2人を笑い者にする目的で本作が製作されたわけではないと思われます。
貧しい境遇を乗り越えて巨万の富を築き、「ブッシュの息子(ジョージ・W・ブッシュ)を再選させたのはこの私」と豪語するデヴィッドですが、カメラは、奥底にある孤独感を仕事に没頭して紛らわそうとする彼の姿を、暗にフォーカスします。
デヴィッドが築こうとするヴェルサイユ宮殿のような豪邸は、彼にとって最大の成功の証。
年齢が30以上離れたジャッキーを3人目の妻としたのも、彼にすれば「トロフィーワイフ」と呼ばれる成功の証なのかもしれません。
そのジャッキーも、元々は平凡な労働者階級の出身。
わずかな賃金のバイト生活からミスコンで優勝し注目されるも、最初に結婚した夫からのDVが原因で離婚し、どん底に。
しかし、デヴィッドに見初められて再婚したという、浮き沈み人生を歩んできた女性なのです。
だからこそ、自分もお金がないにもかかわらず、自宅を差し押さえられた友人に資金援助をすれば、「生活が苦しくても、デヴィッドと一生一緒にいる」と言い切れるのでしょう。
そんな、お金に対する苦労を誰よりも知っていたはずの2人が、ようやく成功して手にした富に執着するあまり、幸せの基準値を見失ってしまう――。
本作の最大のテーマとしては、「お金、成功、幸せ」の3つのパワーバランスの崩壊を追うことにあると思います。
8人いる子息の中で、唯一養子縁組をした姪の言葉「お金に自由なようでいて、お金に縛られている」が、夫妻の本質を見事に突いています。
凋落夫婦の「その後」
最後に、本作の後日談を。
デヴィッド・シーゲルはその後、本作での取り上げられ方を不服とし、グリーンフィールド監督を名誉毀損で訴える事態に発展。
金遣いこそ難あれど、家族や知人思いな一面を見せるジャッキーに比べて、デヴィッドが愛情に薄いビジネスに失敗した人物という描かれ方をされた感は確かにあるものの、結果としては名誉棄損に当たらないとして、グリーンフィールド側の勝訴となっています。
ビジネス面では、企業経営権を譲渡したり、新たな企業買収を経てラスベガスのホテル事業を軌道に乗せたり、フットボールチームのオーナーになるなど、ある程度の立て直しに成功。
この騒動で注目を集めたことで、夫妻揃ってテレビタレントとしても活動しました。
その一方で、2人の娘の長女ヴィクトリアが、2015年に18歳で亡くなる不幸も。
本作に出演したことで周囲からいじめを受け、それで心身を患ったことによる薬物の過剰摂取が原因とも言われています。
そして、肝心かなめなフロリダの邸宅ですが、一時は売りに出されるも再び建設を開始。
2020年2月時点で完成したという報を聞かないアメリカのヴェルサイユ宮殿は、無事に建城するのか、それとも砂上の楼閣に終わるのか?今後が気になるところです。