最新作『天気の子』が話題の新海誠監督。
2016年『君の名は。』、2019年『天気の子』と、今ノリに乗っている新海監督の初期の傑作『秒速5センチメートル』。
転校生という共通点、そして、外で遊ぶより本を読むのが好きな少年と少女。いつもいっしょに過ごしていたふたりは、少女の転校で離ればなれになってしまいます。
自分も遠い島への引っ越しが決まった少年は、これが最後かもしれないとの想いを抱きながら、慣れない電車を乗り継いで少女に会いに行きます。
山崎まさよしの大ヒット曲『One more time, One more chance』にのせて紡がれる、淡い初恋と少年のその後。切ない思いが胸に刺さります。
CONTENTS
映画『秒速5センチメートル』の作品情報
【公開】
2007年(日本映画)
【原作】
新海誠
【監督】
新海誠
【キャスト】
水橋研二、近藤好美、尾上綾華、花村怜美、水野理紗、寺崎裕香、中村祐子、岩崎征実、内藤玲、下崎紘史、平野貴裕、中川玲、井関佳子、井上優、加古臨王、中村梨香、須加みき、鮭延未可、新鹿由美子、斎藤由香子
【作品概要】
今や世界的にも注目される新海誠監督。この『秒速5センチメートル』は、そんな新海監督3作目の劇場用映画です。
物語は3部構成で、主人公と彼を取り巻く状況が、順を追って展開されます。
主人公の少年と、少女の淡い関係をていねいに描いた「桜花抄」、高校3年のひと夏を、主人公に思いを寄せる別の少女の目線で語る「コスモナウト」、そして大人になった主人公の現在に焦点を当てた「秒速5センチメートル」。
前2作はSF色の強い作品でしたが、この作品ではごく普通の日常生活が描かれています。
そして、この作品で初めて、新海監督の得意とする “実在する場所の再現” が話題になりました。
現実以上に美しく描かれた場面の数々は、多くの観客を驚かせ、新海作品の特徴としてその後の作品へとつながっていきます。
映画『秒速5センチメートル』のあらすじとネタバレ
桜の花びらが舞い散る通学路。小学生の女の子が男の子に言います。
「ねえ、なんだか、まるで、雪みたいじゃない?」
第一話「桜花抄」
小学6年生の遠野貴樹と篠原明里は、毎日いっしょに登下校するほど仲がよく、同級生の冷やかしの対象になっています。
お互いに親の仕事の都合で転校が多く、貴樹が転校してきてから一年後に、明里が同じクラスに入ってきたのでした。
境遇が似ていること、そしてふたりとも体があまり丈夫でなく、外で遊ぶより図書館で本を読む方が好きだったことから、いっしょに過ごす時間が多くなりました。
内気な明里は、冷やかされても言い返すことなどできませんが、貴樹はそんな明里をその場から連れ出して守るのでした。
同じ中学に進むことが決まった冬のある日、明里からの電話で、貴樹は明里が栃木に引っ越さなければならないということを聞かされます。
謝る明里にうまく答えることができず、彼女を傷つけてしまったと貴樹は後悔します。
中学1年の夏、明里から初めて手紙が届きました。
貴樹は2週間かけて返事を書きました。聞いてほしいこと、伝えたいことがたくさんあったのです。
ふたりは何度も手紙のやりとりをしました。
その冬、今度は貴樹の転校が決まります。3学期が終わったら、鹿児島県の種子島へ。
貴樹は栃木まで明里に会いに行くことを決意し、手紙で約束を交わしました。「3月4日 19:00 岩舟駅」と。
部活を休み、時刻表で入念に調べたメモを持って、貴樹は生まれて初めてひとりで新宿にやってきました。
その日は夕方から雪が降り始め、関東は大雪に見舞われてしまいました。電車は大幅に遅れ、進んでは止まり、また進んでは止まりの繰り返しです。
窓の外の景色はしだいに建物がなくなり、駅と駅の間隔は信じられないくらい離れていて、貴樹はどんどん不安になっていきます。
時刻は既に19:48。小山駅のホームで、明里に宛てて書いた手紙が風に吹き飛ばされてしまった瞬間、貴樹は泣きそうになります。
ようやく両毛線に乗り換えたものの、20:54に雪野原の真ん中で電車は止まってしまいました。それから2時間、明里が家に帰っていればいいのに、と思いながらひたすら泣かないように貴樹は耐えていました。
ようやく目的地、岩舟駅に着くと、待合室で明里がうつむいていました。
あたたかいストーブのそばで明里が持ってきたおにぎりを食べ、その後ふたりは、明里の言っていた桜の木を見に雪の中を歩いていきます。
そして、その木の下でふたりはキスを交わします。
近くの納屋で話し込み、やがて眠ってしまったふたり。
朝、電車に乗る貴樹を見送る明里は、用意してきた貴樹への手紙を渡しませんでした。
第二話「コスモナウト」
種子島の高校3年生、澄田花苗は、中学2年の時に東京から転校してきた遠野貴樹に思いを寄せていました。
サーフィンの練習をしている花苗は、弓道部の貴樹が帰るころを見計らって、バイク置場で待ち伏せしています。
バイク2台でいっしょにコンビニに寄り、飲み物をベンチで飲むことが花苗の幸せな日課になっているのです。
ただ、貴樹が携帯電話で誰かにメールを打っているのを見るたびに、胸が苦しくなるのでした。
そんな花苗は学年でただひとり、進路を決められず、サーフィンでも波に乗れない日々を過ごしていました。
ある日の帰り道、草原で空を見上げる貴樹を見かけた花苗は、近づいて話しかけ、彼が東京の大学へ行くということを聞きました。
翌日、青い空を見上げた花苗は、何も決まっていないけれど、できることからひとつずつやっていくんだ、と妙にスッキリした気分になっていました。
秋になり、花苗は半年振りに波の上に立つことができました。「今日こそ告白する」と意気込んだ花苗でしたが、貴樹を前にするとうまく言えません。
おまけにバイクが故障し、貴樹もつきあってふたりは歩いて帰ることに。
花苗は、「お願いだから、もう私にやさしくしないで」と泣き出してしまいます。
そんなふたりの背後で突如、ロケットが打ち上がりました。轟音をあげて遠ざかっていくロケットを見つめ、花苗は貴樹が、ずっと向こう、もっと遠くの何かを見ていることに気づきます。
その夜花苗は、やっぱり貴樹のことがどうしようもなく好きなんだと自覚します。そして、彼のことだけを想い、泣きながら眠るのでした。
映画『秒速5センチメートル』の感想と評価
さまざまな“届かない思い”
新海監督はデビュー作『ほしのこえ』(2002)で、宇宙空間で戦わざるを得ない少女と、その同級生の少年との間で交わされるやりとりを、超長距離メールという方法で描きました。
その淡い恋心は距離だけでなく、ワープによって9年のズレを生じさせ、絶望的なまでに二人は隔てられてしまったのです。
『雲のむこう、約束の場所』でも、眠り病や夢によって主要な登場人物同士の断絶が起こり、結果的に主人公がひとりになって終わるという結末に至ります。
前2作は、SF要素が強く難解な印象がありましたが、この『秒速5センチメートル』では、東京や種子島といった実際の場所で生きる普通の少年少女が描かれており、多くの人になじみやすい内容へと変化しています。
そんな中でもやはり“届かない思い”は健在で、主人公の貴樹は、東京~栃木だけならまだしも、栃木~種子島という、少年にとってはどうしようもない距離に阻まれます。
さらに、会えない長い時間を経ることでお互い変化し、明里は他の男性と結婚することになってしまいます。
第二話の中で、貴樹がメールを打つシーンが何度も出てきますが、他人が見たらリア充ともとれるこの行動、実は送ることのない自己満足だったというのはちょっとさみしいです。
現在のようにスマホもなく、SNSもない頃の話なのでピンと来ない人もいるかもしれませんが、打ったメールなどを「やっぱりやめよう」と送らなかった経験は誰でもあること。
貴樹が毎回メールを送れなかったのは、中学1年生のあのキスのあと、“この先決していっしょには居られない”ことが既にわかってしまったから、なのでしょう。
あのキスの瞬間、心と心がふれあい、わかりあえた気がしたのに、だからこそ無力な自分にはどうしようもないとあきらめてしまった。その負い目が、明里にメールを送ることを拒んでしまったのです。
いつまでも明里の幻影を追い続け、誰といてもその相手を見ていない、そんな貴樹に思いを寄せた花苗や理紗(3年間つきあった女性)の気持ちもまた、“届かぬ思い”となってしまいました。
くり返される「単位」
タイトルの『秒速5センチメートル』。劇中でも説明されていますが、それは桜の花びらが地面に落ちてゆく速度のことです。
象徴的に使われる桜の花びらが舞い散るシーン。それは、栃木に向かうときに降り続く雪や、新宿の高層ビルで落ちてくる雪にもつながり、くり返されることで作品に統一感を与えています。
その効果は、セリフによってももたらされています。それは速さや長さなどの単位。
第一話での「秒速5センチメートル」の説明。
第二話では、ロケット運搬車両の速度を「時速5キロなんだって」と花苗が話すシーンがあります。
そして第三話、理紗からの別れのメール、「1000回メールしても、心は1センチくらいしか近づけませんでした」という文面。
距離感にこだわる新海監督らしい表現です。そして、とても悲しいセリフです。
ひとつのベッドで離れて横たわる映像が一瞬映るので、いわゆる大人の関係だったふたりですが、その心がふれあうことはなかったのです。
このように、具体的な数字で表すことによって観る側は実感することができ、物語に説得力が生まれるのです。
『One more time, One more chance』の効果
映画の後半、反則的に登場する『秒速5センチメートル』のタイトル。
そこで満を持して流れるのが、山崎まさよしの『One more time, One more chance』です。
この曲は1997年にリリースされていますので、本作のために作られた曲ではありません。
しかし、ここで使われるこの曲の歌詞は、まるで本作のために書かれたかのようなハマり具合で、そのシーンはまるでプロモーションビデオのような仕上がりです。
それもそのはず、大学時代にこの曲が好きでよく聞いていた新海監督が、楽曲使用の依頼をしたそうです。
映像にリンクしたその歌詞は、聞いていて鳥肌が立つほどの一致をみせています。
歌詞に乗せて駅のホームや街の路地裏などが短いカットでつながれていき、その後、種子島から東京へ旅立つ貴樹の乗った飛行機を、花苗が見上げる映像がつけられています。
新しい生活へ向かう貴樹と、そんな貴樹に告白できなかった花苗にピッタリです。
そして、転調する部分では、夏の青空にロケットが打ち上がっています。
めまぐるしく変化するカットの数々と歌詞を確認しながら観賞してみてください。
まとめ
この映画の最大の面白さ、それはラストシーンへ向かうダイナミックな演出の妙です。
まず冒頭で、ラストと同じ場所にいる子ども時代のシーンを見せます。
そして第三話の序盤で、ラストシーンと同じ展開を途中まで見せ、『One more time, One more chance』でたたみかけてラストシーンに向かうこの展開。くり返しの効果も加わり、一気の観る者の興奮度が上がります。
急行電車が過ぎ去り、踏切の向こう側にもう彼女はいない。このラストシーンは多くの人に悲しみをもたらしました。
でも、きっと現実はこうなんだ、そんなに都合よく彼女は待ってくれていないだ、そう思った観客は、『君の名は。』でこの『秒速5センチメートル』のトラウマから解き放たれることになるのです。