王や貴族の身代わりを務める“影”という存在。
『HERO』、『LOVERS』で最高の武侠アクションを創造したチャン・イーモウ監督の映画『SHADOW/影武者』。
自由と引き換えに無謀な任務に挑む影武者の運命は──!?
中国映画『SHADOW影武者』をご紹介します。
映画『SHADOW/影武者』の作品情報
【公開】
2019年(中国映画)
【原題】
影 Shadow
【監督】
チャン・イーモウ
【キャスト】
ダン・チャオ、スン・リー、チェン・カイ、ワン・チエンユエン、クアン・シャオトン
【作品概要】
中国の巨匠チャン・イーモウ監督が、武侠アクションの名作『HERO』(2002)、『LOVERS』(2004)の主要スタッフと再び組み、「三国志」のエピソード「荊州争奪戦」を大胆にアレンジして描いた武侠アクション。
『ドラゴン・フォー』シリーズでおなじみのダン・チャオが、都督と影武者の一人二役に挑戦。ダン・チャオの実の妻、スン・リーが都督の妻を演じている。
映画『SHADOW/影武者』あらすじとネタバレ
弱小の沛〈ペイ〉国は、強大な炎国に領土の境州を奪われたのち、休戦同盟を結び、なんとか平和を維持していました。
それから20年が経過。先王が早くに亡くなり、若くして王となった沛王は、平和を維持するため、炎国との争いを避けていたのですが、重臣の都督〈トトク〉らは開戦して炎国から境州を奪い返すことを主張していました。
ある時、都督は王の許しを得ぬまま、炎国の楊蒼〈ヤン・ツァン〉将軍に境州での対決を申し込みます。
報告を受けた王は激怒しますが、都督は高貴で知略に富み、家臣からも絶大な信頼を得ている人物であるため、簡単に処罰することができません。
王はふと思いついたように、琴の名手と称えられる都督と妻の小艾〈シャオアイ〉に合奏を命じますが、2人はなかなか演奏を始めようとしません。
小艾は「境州が戻るまで琴は弾かないと天に誓ったのです」と言い、もし誓いを破ったなら指を切り落とす覚悟だ、と述べて王の命令を拒みます。
それでも王は、自身はこの国の天である、天が弾いても良いと言っているのだ、と執拗に琴を弾かせようとします。
小艾は意を決したように琴を弾き始めますが、都督が妻の代わりにと自身の髷を切り、2人は退場していきました。
実は王の前にいたのは、都督の影武者でした。8歳のとき母親と生き別れになり、飢えて行き倒れていた彼を、都督の叔父が拾ってきて、影武者へと育て上げたのです。都督と影武者は驚くほど良く似ていました。
1年前、都督は受けた刀傷から病になり、それを隠すため、影武者が彼の代わりを務め始めたのです。
都督は自身が受けたのと同じ刀傷を影武者につけます。それは想像を絶する痛みで、苦しむ影武者に小艾が薬を与え介抱するのでした。
境州の奪還計画を進める都督は、影武者に、生き別れた母親を境州で見かけたと述べ、楊蒼を倒せば、自由にしてやるから母親と一緒に暮らせるぞと言うのでした。
翌日、影武者は都督の支持通り、楊蒼に宣戦した己に罰を下すよう王に求めます。王は彼の官職を解き、「今後、境州奪還を口にする者は斬首だ」と宣告します。
影武者は、「私はもう一介の民。楊蒼と対決しても、殿とは無関係」と返しました。王は近寄り、お前は胸に傷を負っていただろう、とその傷を見せるように命じました。
影武者が傷をみせると、「おや、この傷は新しい傷だな」と王は言うのでした。「あの時の悔しさを忘れないよう、自分自身でつけた傷です」と影武者は応え、王は納得したようでした。
都督は秘密の出入り口を持つ館に隠れて暮らしており、そこを出入り出来るのは妻と影武者だけでした。
傷の話を伝えると、都督は「傷が新しいものかどうかは判断がつかないはず。王ははったりをかけてきたのだ」と言うのでした。
どんな相手も三太刀で必殺と言われる楊蒼との対決に向けての特訓が始まりました。都督は、病気の体をおして、影武者を厳しく指導します。
王は和平のために、ただ1人の身内である妹の青萍〈チンピン〉を楊蒼の息子に嫁がせようという計画を青萍に内緒で進めていました。
その返事が届いたと言うので耳を傾けると、それは「姫を側室に迎えたい」というのものでした。
「それもよかろう」と平然と応える王の様子を見て、家臣の田戦〈ティエン・チャン〉が、もう我慢ならんとばかり立ち上がり、「屈辱に甘んじるなら、殿の代で国は滅びますぞ!」と注進します。
田戦は官職を解かれ、軍服もすべて没収されてしまいます。青萍は縁談が勝手にすすめられていたことにショックを受けますが、田戦が斬首されるのを防ぐため、側室になることを受け入れます。
影武者は都督がかけてくる“楊蒼の技”をどうしても破ることができません。その時、「案がございます」と、小艾が声をかけ、女性の身体のように柔らかく傘を使ってみてはどうかと提案しました。
小艾のしなやかな動きが都督の豪壮な攻撃をかわすことに成功します。小艾は影武者とともに傘を持ち、ともに動き、その技を体に叩きこむのでした。
都督は田戦を呼び寄せ、囚われの身となっている囚人たちに、技を教えるよう命令しました。勝利すれば、彼らは自由の身だと都督は言うのでした。
いよいよ、戦いの火蓋がきられようとしていました。王は回りで起こっている動きを知ってか知らずか「捨て石は誰だ?」と意味深な言葉をつぶやきます。
そしてついに決戦前夜となりました。都督の館での最後の夜に、小艾は影武者に尋ねました。「なぜなの?ずっと服従して逃げなかったのは?」
あなたの望むことは叶えてやりたいと思ったのだと影武者は応えました。誰も私のことを心配する人などいないという影武者に小艾は「私は心配よ」と応えます。
影武者は、敷かれた寝間から離れ、いつものように1人離れた場所へと移っていきました。小艾が彼のことを案じ、そっと覗きに行くと、彼は身を丸くして泣いて震えていました。思わず影武者を抱きしめる小艾。
長年の想いが爆発し、小艾を求める影武者。2人は初めて結ばれますが、その様子を隠し穴から都督が見ていました。
映画『SHADOW/影武者』の感想と評価
チャン・イーモウ独自の美学が全編に炸裂しています。
宮廷の広間には墨で書かれた書のついたてが所狭しと並べられ、雨が降りしきるグレーの世界はまるで水墨画のようです。
戦地となる関所から海側を見ると、そこは山水画の如く、奏でられる琴の音は思いがけない迫力を伴って迫ってきます。
丁寧な時代考証によるリアリティーよりもイメージしたビジュアルや世界観が優先されています。
そうした独特な美的世界で、キャラクターそれぞれが自身の密やかな想いを交錯させていく様がクールなタッチで描かれていきます。
審美的な画作りの一方、戦闘シーンでは武侠映画らしい奇想天外さが見られます。
美しい姫が戦闘員に混ぎれこんで戦に向かう姿、奇想の武器が織りなす数々の独創的な技など、武侠映画はこうでなくては!と声をだしたくなるほどの充実ぶりです。
主要人物たちの一筋縄ではいかない強烈な個性が明らかになり、物語が二転三転していく様は、圧巻といわずにはいられません。
一方で、勧善懲悪とは決して呼べない物語となっており、観終わった時、カタルシスよりも戸惑いを覚えるでしょう。
人間、一人ひとりの思惑が生み出す“戦争”というものの本質、人を欺いてでも天下を取りたいという人間の欲望のぶつかり合いを、作品は鋭くあぶり出しているといえます。
まとめ
影武者役を務めたダン・チャオは中国で最も名声のある俳優として高い評価を受けています。
本作では、逞しい精悍な影武者と、戦いで傷を負い、そのせいで病を患い衰弱している都督を演じ分けるため、徹底的な肉体改造を行いました。
二役を演じるということは、まず“瓜二つ”、“似ている”ということが求められます。本作ではそれにプラスして“2人は別人である”ということも表現されます。
そっくりであるはずの2人が、1人は逞しい若者、もうひとりは枯れて朽ちかけている老人のように見え、まったく似ているようには見えないというのが重要となるのです。
自身の肉体を極限に追い込んだ演者の役作りが「自分は何者だ?」と問う影武者の言葉に多大な説得力を与えているといえるでしょう。
様式美とも呼べる舞台背景は、時代考証を無視したリアリティーに欠けるものと前述しましたが、奇想天外な戦闘シーンはVFXを多様せず、琴の演奏も俳優が猛特訓の上に実際に演奏したものだそうで、細部には徹底的なリアリティーが追求されています。
まさにこれは大胆な省略と細部の緻密さを合わせ持った“水墨画”のような世界観であるといえるかもしれません。