連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第31回
今年もヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。様々な58本の映画が公開中ですが、今回はカンフー映画の登場です。
清朝末期から中華民国初期の時代に、実在した伝説の武術家ウォン・フェイホン(黄飛鴻)。
中国で絶大な人気を誇る人物を映画化した作品が、新たに誕生しました。
第31回は混乱する清朝末期の苦しむ民衆を助ける、英雄の姿を描いたカンフー映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 南北英雄』を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 南北英雄』の作品情報
【公開】
2019年(中国映画)
【原題】
黄飛鴻之南北英雄 The Unity of Heroe
【監督】
リン・ツェンザオ
【キャスト】
チウ・マンチェク、マイケル・トン、ヴィニー、リー・ルービン
【作品概要】
清朝末期、西洋の陰謀から民衆を守るために立ち上がる、武術家にして医術家ウォン・フェイホンの活躍を描いたカンフー・アクション映画。
90年代、ウォン・フェイホンを描いて人気を博した映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」シリーズ。
そのシリーズで主人公を2度演じたチウ・マンチェクが24年ぶりに、3度目となる同じ役を演じた作品です。
正統派カンフー映画の流れをくむ、アクション・エンターテインメントの復活です。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 南北英雄』のあらすじとネタバレ
多くの弟子を指導するウォン・フェイホン(チウ・マンチェク)。彼は多くの人々の尊敬と信頼を集めていました。
ある日の夜、港にほど近い異人館の前に、荷揚げされた無数の木箱が並んでいました。警護の兵士が行進する中、1人の男が忍びよります。
男は盗賊でしょうか、一つの大きな木箱をこじ開けます。その中は檻になっていました。中を調べようと男は松明に火をつけます。
その男を隊長である女、シャオユエに指揮された兵士たちがとり囲みます。後ずさる男は檻の中から伸びた腕に首を掴まれ、絶命し松明は転がってゆきます。
山詰みになった荷物に火が移り、シャオユエは兵士に消火を指示します。
兵士が大慌てで消火にあたる中、檻の中の男は人間離れした力で鉄棒をねじ曲げ、外に飛び出し兵士を倒します。
気付いたシャオユエは兵士たちに射撃を命じますが、男は機敏に動いて海へ飛び込み、行方をくらまします。
火は収まらず、同じように檻の中にいた人間は、シャオユエの目前で炎に包まれていきます。
逃げた男はフェイホンの、拳法道場と漢方医院を兼ねた館「宝芝林」に忍び込みます。
翌朝、馬の世話をしていたフェイホンの弟子、チーが男に気付きます。男の攻撃をチーは巧みな足技で逃れます。
恐ろしい形相と怪力からチーは男を「鬼」と呼びますが、助けに入った師のフェイホンがロープを使った巧みな技で男を倒します。
フェイホンはチーに、気を失った男を診療室に運ぶよう指示します。
同じころ異人館の中で、シャオユエは何者かに、昨晩男を逃した責任を問われていました。
シャオユエは母が死ぬまで世話になった恩を返すため、この人物の下で働いていました。被験体と呼ぶ、逃がした男を探し始末するよう彼女は命じられます。
この異人館には多くの中国人が捕えられ、薬品を使った人体実験が行われていました。
男の容態を診たフェイホンは、彼が何らかの薬品の中毒になっていると知ります。しかし解毒は難しい状態でした。
街の雑踏の中、シャオユエは部下を使い男の行方を捜しています。シャオユエは道場開場のチラシを配っている、北拳道場の弟子たちとトラブルになります。
その光景を見たフェイホンの弟子、リャン・クァン(リー・ルービン)が割って入り、シャオユエと共に北拳道場の弟子を倒し、兄弟子のチョウを追い詰めます。
チョウを助けに北拳道場主の武術家、ウー・ジェンナン(マイケル・トン)が加勢しますが、現れたフェイホンがその攻撃を受けてかわします。
リャンにチー、もう1人大柄なロンを加えたフェイホンの弟子たちと、北拳道場の弟子たちはにらみ合いますが、フェイホンは争いを制止します。
フェイホンは非礼を詫び、ウーもそれを受け入れて争いは収まりますが、チョウたち北拳道場の弟子は恨みを覚えます。
どさくさに紛れシャオユエは、フェイホンが乗ってきた馬車の馬を奪い立ち去ります。リャンは彼女が落したペンダントを拾います。
チーと共に港に向かったフェイホンは、昨晩の火事の焼け跡を目にします。その場所は兵士たちに守られていました。
フェイホンはイギリスに留学し、医学を学び帰国した親戚の娘モー(ヴィニー)を迎えに現れたのです。洋服を身に付けた彼女は、フェイホンに恋心を抱いていました。
「宝芝林」に向かう馬車の中で、モーはフェイホンに土産のこうもり傘を渡します。2人は街の中で人々が集まる光景を目にします。
それは聖光病院の開業式典でした。院長ヴラドに代わり部下のヘンリーが、貧しいアヘン中毒の人々の治療を無償で行うと宣言し、人々の喝采を浴びます。
ヴラド院長の傍らには、白衣を着たシャオユエの姿もありました。
良い西洋人もいると語るモーに、中国にアヘンを売り、その一方でアヘン中毒患者を治す異人の姿に、フェイホンは疑問を覚えます。
「宝芝林」に着いたフェイホンは、改めて男の容態を診ます。治療に使う針を炎であぶり消毒する彼に、モーはアルコールの使用を勧めます。
西洋医学を学んだモーに、フェイホンは中国医学の歴史と効能を語ります。
フェイホンとモー、リャンとチーとロンの3人の弟子は共に食事をとりますが、モーは中国の作法に慣れていません。
フェイホンは弟子にモーの世話をさせ、代わりにモーは弟子に英語を教えるよう依頼します。そしてフェイホン自身は、モーに護身術を教えるのでした。
貧しい者を診る聖光病院の方針に賛同したモーはそこで働くと決め、ヴラド院長と面談します。外科医として採用された彼女を、シャオユエが病院内を案内します。
知府(知府事、地方長官)と面会したフェイホンは、港の火事の現場を守る怪しげな兵を目撃したと報告しますが、知府は異人の絡む問題は手に負えないと答えます。
モーから「宝芝林」に被験体がいる知ったシャオユエは、ヴラド院長に報告します。彼女は被験体を処分するためモーに接近します。
武術家ウーの北拳道場の開場の日、道場ではお披露目に北拳の獅子舞が披露されていました。それを見物にモーとシャオユエも現れます。
今一つ賑わいに欠ける北拳道場。そこにフェイホンは3人の弟子と共に現れ、祝いとして南拳の獅子舞を披露します。地元の人々はその舞いに喜びます。
フェイホンはウーに丁重に祝いを述べますが、ウーの弟子チョウはフェイホンが、北拳道場の開場を邪魔しに来たに違いないと師に告げます。
フェイホンの弟子、リャンはシャオユエに気付き声をかけます。獅子舞を舞っていたチョウはリャンの姿に気付くと、彼がまた争いに来たと疑い襲います。
北拳の獅子を倒したリャンに、ウーが挑みますがフェイホンが割って入ります。両派は睨み合いとなりますが、フェイホンとウーは獅子舞で競い決着をつけることにします。
拳法を駆使した舞いは引き分けに終わりましたが、観衆はフェイホンの蹴りが入り彼の勝ちだと騒ぎます。侮辱されたと感じたウーは、リャンの謝罪を要求します。
抗議するリャンの頬をフェイホンは打ち、リャンに謝罪させ場を収めます。腐るリャンにフェイホンは、今は中国のために、武術家は争わず団結すべきだと優しく諭します。
聖光病院でリャンから手に入れたペンダントを見つめているシャオユエに、モーは「宝芝林」の患者の血液は毒に犯され、それはアヘン以上に危険なものだと告げます。
シャオユエはモーに、治療薬と称する薬を与えます。
「宝芝林」に戻ったモーは患者に治療薬を注射しますが、患者はうめき声をあげ暴れ出します。フェイホンは患者の毒を吸い出す治療を施します。
フェイホンの処置で患者は救われましたが、その後遺症で痴呆状態になってしまいました。名前が
答えられぬ彼を、チー(鬼脚七)にちなんでパー(八)と名付けます。
聖光病院の地下では、引き続き薬品を使った人体実験が行われていました。凶暴化して暴れた被験者をヴラドが射殺します。
「宝芝林」の被験体は今夜死んだはずだと、報告に現れたシャオユエに、ヴラドは実験材料になる健康な中国人を連れて来いと命じます。
疑問を覚えるフェイホンに、ヴラドは中国人の体格に改良が必要で、アヘンで苦しむ中国人をアヘンから作った薬で救うと説明します。
モーの誕生日の日、フェイホンは彼女と外で食事をする約束をしていました。彼女の待つ食堂に向かうフェイホンは、母子をさらう黒装束の3人組に出会います。
難なく3人組を倒したフェイホンですが、彼らは小ビンに入った薬品を飲むと「宝芝林」の患者、パーの様に凶暴化して襲いかかってきます。
フェイホンは3人組を負かすも逃げられます。駆け付けたリャンと弟子たちに母子を預けると、彼は知府の元に向かいます。
フェイホンは危険な薬物の存在を報告しますが、知府はヴラド院長と面会していました。知府はフェイホンに手を引くよう命じます。
ヴラドは交易のための航路の手配を要求し、賄賂として東インド会社から送られた銀を渡します。
フェイホンが食堂に着いた時、待ちくたびれたモーの姿はありませんでした。
聖光病院に戻ったヴラドは、フェイホンの殺害をシャオユエに命じます。彼女は民衆の信頼の厚いフェイホンの殺害に反対しますが、これが最後の仕事と彼女に告げ承知させます。
ヴラドはシャオユエは信用できないと判断し、北拳道場のウーをフェイホンと争わせようと企みます。
ヴラドの部下、ヘンリーは北拳道場のチョウに接近します。弟弟子は師から、異人に関わるなと指導されているとチョウに注意します。
しかしヘンリーから「宝芝林」一門が師を侮辱していると聞かされたチョウは、彼の言葉に従います
モーの機嫌を損ねたフェイホンに、3人の弟子は花を送るよう勧めますが上手くいきません。怒って夜の街に出たモーを追うよう、フェイホンは弟子たちに命じます。
3人は路上で黒装束の4人組に出会いますが、難なく倒します。その1人、チョウがヘンリーから手に入れた薬品を飲み狂暴化しますが、3人がかりで何とか追い払います。
ようやく3人はモーを見つけますが、リャンは彼女が覚えた護身術を見舞われます。
チョウたちは北拳道場に戻り、師のウーに「宝芝林」一門に襲われたと報告しますが、ウーは武術家の掟に従い耐えるよう指示します。
チョウは薬品を入れた茶をウーに飲ませます。凶暴化したウーは怒りにかられ、弟子と共に「宝芝林」へ向かいます。
「宝芝林」でフェイホンは、パーが聖光病院の木箱を見て怯えていると気付きます。
木箱のマークは、路上で母子を誘拐しようとした一団の持つ箱にも付いていました。
事件に聖光病院が関わっていると知ったフェイホンは、報告に向かいますがウーと出くわします。
ウーはフェイホンの言葉に耳をかさず、襲ってきます。
華麗に闘うフェイホンですが、ウーの体に徐々に薬品の効果が現れます。ウーの強烈な一撃を胸に受けたフェイホンは血を吐きます。
ウーと弟子たちは勝利を宣言して去って行きますが、傷ついたフェイホンの前にシャオユエが現れ、彼に銃を向けます。
駆け付けたパーがフェイホンをかばいシャオユエは動揺しますが、現れたヘンリーがパーを射殺します。
自分がフェイホン射殺するとのヘンリーの言葉を聞くと、シャオユエは彼の胸に向け銃弾を放ちます。倒れたフェイホンを残し2人は立ち去ります。
胸から血を流し倒れるフェイホンを見つけたモーと3人の弟子は、彼を「宝芝林」へ運びます。
映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 南北英雄』の感想と評価
甦った『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』
ブルース・リーにジャッキー・チェン、ジェット・リー、そして90年代の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」シリーズ。
カンフー映画は多くの世界的スターを生み、何度もブームを巻き起こしています。しかし時を経て、ブームをご存知無い方も増えています。
ここで改めて90年代の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」シリーズを紹介しながら、今回の映画を解説させて頂きます。
中国全国武術大会で5年連続優勝した、中国拳法の達人ジェット・リー。実力を期待された彼はリー・リンチェイの名で『少林寺』で映画デビューしました。
そのジェット・リーが中国で知らぬ者の無い英雄、ウォン・フェイホン(黄飛鴻)を演じた映画が「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」シリーズです。
参考映像:ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地黎明 (1994)
ツイ・ハークが監督したシリーズ1作目『天地黎明』は、主役のジェット・リーに対し、ジャッキー・チェンとユン・ピョウが脇に回り、カンフー映画の新たな時代の到来を印象づけました。
1991年製作のこの映画が1994年に日本で公開されると、シリーズは「ワンチャイ」と呼ばれ、新たなカンフー映画ブームを巻き起こします。
『天地黎明』のヒットを受け2・3作目が作られ、ジェット・リーの後をうけ4・5作目『天地覇王』『天地撃攘』でウォン・フェイホンを演じたのが、本作の主演チウ・マンチェクです。
英雄ウォン・フェイホン(黄飛鴻)と彼を取り巻く人物たち
熱心なカンフー映画ファンなら皆ご存知の人物、ウォン・フェイホンについても改めて紹介しましょう。
清朝末から辛亥革命期に実在した武術家・漢方医家のウォン・フェイホンは、動乱の時代に人々に拳法を教え自警団を組織し、民衆の保護に尽くした人物です。
彼の死後もその弟子たちは混迷する時代で活躍し、ウォン・フェイホンは今も中国で高い人気を誇り、その武勇伝は小説など様々な形で伝え広められます。
ウォン・フェイホンの弟子筋にあたる人物が映画界で活躍したこともあり、彼を題材とする映画は多数製作されました。
現在同一人物を題材にした映画の数では世界最多であると、ギネスブックに認定されています。
参考映像:ドランクモンキー 酔拳 (1979)
意外なところではジェッキー・チェンが『ドランクモンキー 酔拳』で演じたコミカルな主人公も、若き日のウォン・フェイホンの姿という設定です。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 南北英雄』に登場するその他の人物も、実に様々な背景を持っています。
恋人として登場するモー(十三姨)は実在の人物で、ウォン・フェイホンの4番目の夫人ですが、映画の中では史実を越えた様々な役柄が与えられています。
弟子のリャン(梁宽)とチー(鬼脚七)とロン(猪肉荣)、シャオユエ(路小月)も師と共に何度も映画に登場しています。
リャン(梁宽)は師に高く評価されながらも、25歳で亡くなったとされる人物で、ロン(猪肉荣)は1943年に82歳で亡くなるまでに、1万人以上の弟子を育てた実在の人物です。
一方チー(鬼脚七)はリャン(梁宽)をモデルに創作されたキャラクターで、ユン・ピョウ主演でスピンオフ映画が出来る程人気を得た存在です。
またシャオユエ(路小月)は、特定の人物をモデルにしたキャラクターでは無いようです。
実在の人物と架空の人物を交え、虚実を交え時空を越えて紡がれる物語。日本の歴史上の人物を主人公にした時代劇と、よく似た構造と理解して下さい。
その中で誕生した新たなキャラクターが、また新たな物語を生み出してゆく。二次創作は創造の世界を広げるのに必要な存在です。
二次創作と言えば、日本のポップカルチャーの得意技と思われがちですが、カンフー映画もまた誕生と共に、二次創作でその世界を広げたジャンルです。
二次創作の視点でカンフー映画の歴史を振り返ると、実に興味深いものがあります。
まとめ
この映画の紹介と共に、ウォン・フェイホンを軸にカンフー映画の歴史を振り返ってみました。
改めて作品に目を向けるとカンフー、ワイヤーアクションに、勧善懲悪の物語にコミカルな登場人物を配した、カンフー映画王道の形式で作られた作品と言えます。
またこうもり傘や獅子舞を使用したアクションシーンなど、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズのオマージュ的シーンが多数確認できます。
新たにカンフー映画に興味を持った方も、従来からのカンフー映画ファンの方も満足できる作品です。
なお、エンドロールにメイキングとNGシーンが付いています。これまた、カンフー映画お約束の形式ですね。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第32回は大金か死か!命を賭けた拷問ゲームを舞台に繰り広げられる“マンツーマン”サイコホラー映画『オッズ』を紹介いたします。
お楽しみに。