岸辺露伴を追い詰めるのは《幻のアワビ》?
荒木飛呂彦の人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部「ダイヤモンドは砕けない」に登場した人気キャラクターである漫画家・岸辺露伴を主人公に据えたスピンオフ漫画を、高橋一生主演で実写化したドラマ『岸辺露伴は動かない』。
人気を博した本ドラマシリーズは1・2・3期と製作され続け、2023年には劇場版にあたる映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』も公開され大ヒットを記録しました。
そして『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』を経てついに放送された、ドラマ第4期にあたる第9話「密漁海岸」。
漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の第294~297話「イタリア料理を食べに行こう」で初登場し、のちに漫画『岸辺露伴は動かない』でも再登場した奇妙な力を持つ料理人・トニオをめぐる物語を実写ドラマ化。
ネタバレあらすじとともに、作中のアワビとタコの設定から見えてくる「元ネタ」の伝説、漁をめぐる二つの対照的な物語について考察・解説していきます。
CONTENTS
ドラマ『岸辺露伴は動かない』第9話「密漁海岸」の作品情報
【放送】
2024年(日本ドラマ)
【原作】
荒木飛呂彦
【脚本・演出】
渡辺一貴
【脚本協力】
小林靖子
【音楽】
菊地成孔/新音楽制作工房
【人物デザイン監修】
柘植伊佐夫
【キャスト】
高橋一生、飯豊まりえ、蓮佛美沙子、Alfredo Chiarenza ほか
ドラマ『岸辺露伴は動かない』第9話「密漁海岸」のあらすじとネタバレ
早朝、禁漁区域に指定されている海辺。「漫画のリアリティ」を追求するための徹底した取材をモットーとしている漫画家・岸辺露伴は、珍しいモクズガニを観察すべく夜更けから張り込んでいましたが、そこで密漁者たちと遭遇します。
対象を“本”にすることで対象者の記憶や情報を読み、本のページに文字で命令を書き込める奇妙な能力「ヘブンズ・ドアー」によって、露伴は密漁者たちの記憶を読み取ります。
そして、ヒョウガラ列岩に生息する貴重な黒アワビの存在、密漁者たちは「古い洋館で、イタリア料理のレストランを営むイタリア人」の依頼で黒アワビを獲ろうと躍起になっていたという情報を知ります。
ヒョウガラ列岩の黒アワビを調べ始める中、露伴は担当編集・泉京香から、近所で最近開店したイタリアンレストランで「打ち合わせと取材」という名目での食事を提案されます。
最初は渋っていた露伴でしたが、「古い洋館」であるレストランの外観を見て、その店の人間こそが密漁者たちの依頼人ではと推理します。
入店した二人を迎えたのは、イタリア人シェフのトニオ・トラサルディ。店にメニューは存在しないと告げた彼は、露伴・泉の手相を見てそれぞれの「体の不調」を見事に当てると、二人に合わせたコースを用意し始めます。
料理の前にトニオから出されたのは、何の変哲もない水。しかし「こんな美味しい水、生まれて初めて」と感動する泉の目からは、噴水のように大量の涙が溢れ出します。しかし涙が止んだその時には、泉の体の不調の一つ「睡眠不足」がすっかり解消されていました。
やがて運ばれてきたのは、トマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ。自らの誇りとして「母から子に受け継がれてきたような家庭料理」を目指していると語るトニオですが、先ほどの水を飲んだ泉の異常事態を目撃していた露伴は、トニオに毒味をするよう指示します。
トニオは素直に毒味をしますが、何も変化は起こりませんでした。それを見て露伴と泉もカプレーゼを口にしますが、食べる手が止まらなくなるほどに料理に感銘を受けた露伴は、肩こりが抱えていた右肩がひどく痒み出します。
たまらず露伴が右肩を掻き毟ると、皮膚がベロリと剥がれたのではと勘違いするほどに「垢」が塊でとれます。その後も露伴の右肩は大量に垢が剥がれ続け、泉は思わず戦慄しますが、痒みが治まり垢も剥がれなくなった露伴の肩こりは完全に消え失せていました。
肩の垢が剥がれたのは、血行改善による新陳代謝の証拠であり、血行が改善された結果肩こりも解消された……トニオにそう説明されても、怖さが拭えない泉。
さらに次に運ばれてきた料理は、辛い食べ物が苦手な泉はより食べるのをためらってしまう、唐辛子とツブ貝のブッタネスカでした。
「私のパスタは辛いのが苦手でも大丈夫」とトニオに勧められるも、お腹もいっぱいだからと断る泉。これ以上料理を食べたがらない泉の心中を察したトニオは「お代はいただかなくて結構です」とだけ優しく伝えると厨房へ戻りました。
食べた者の身体に異常を引き起こしながらも、確実に体の不調を回復させるトニオの料理の秘密を知るべく、厨房を覗こうとする露伴。しかし気づくと、泉はあれほど食べるのをためらっていたブッタネスカを猛烈に口へ運んでいました。
「どうしても我慢できなくて」「どんどんお腹が空いていく」……食べる手が止まらない泉でしたが、突如アゴをおさえ痛がり出したかと思うと、虫歯だった歯が抜け落ち、何と健康な「新たな歯」が生えてきました。
永久歯が抜けた後に新たな永久歯が生えるなど、本来はあり得ません。また露伴がブッタネスカの具のツブ貝を確かめてみると、それはツブ貝の中でも毒性を持つ品種だと判明します。
やがてトニオは、子羊とキノコの煮込みを運んできます。その料理に用いられているキノコも、やはり猛毒を持つ品種でした。しかしトニオの料理の秘密を解き明かすため、露伴はあえて料理を口にしました。
ドラマ『岸辺露伴は動かない』第9話「密漁海岸」の感想と評価
設定の元ネタは「徐福伝説」と「蛸薬師」?
どんな病も治してしまう、ヒョウガラ列岩の幻の黒アワビ。その「どんな病も治すアワビ」という設定は、イタリア人であるトニオが「海を渡ってきた人」である点からも、おそらく徐福伝説が元ネタではと推察できます。
史上初の中国全土統一を成し得た秦の始皇帝の命のもと、「長生不老の仙薬」を探し求めて「東方の三神山(渤海の先にある神仙が住むとされた三つの島)」へ船出したとされる徐福。結局徐福は秦へ戻ることはありませんでしたが、その仙薬の正体こそがアワビだったのではという説があるのです。
なお、露伴の危機を救ったアワビの天敵・タコにも、「病を治す食物」という本エピソードのテーマに関連する伝説「蛸薬師」が残されています。
善光という僧が病の母を思い、母の好物であるタコを戒律を破って買う。しかし町の人々に見咎められ、タコの入った箱を開けるよう迫られる。
苦境に立った善光が薬師如来に祈りながら箱を開けると、タコの8本の足は8本の経巻に変わり、光明を放っていた。やがて経巻はタコへと戻り、タコは寺の門前の池に飛び込んだ。タコは先ほどのように光を放ち、その光に照らされた善光の母は病が癒えていた……。
戒律という「法」を破ってでも、病にある者に美味しい物を食べさせてあげたい。京都・永福寺に残る「蛸薬師」の伝説は、密漁という大罪を犯してでも恋人・初音を食物で癒そうとするトニオの状況そのものなのです。
二つの漁をめぐる物語──阿漕とお弁
エピソード終盤、黒アワビたちが全身に張り付き、海中で溺れてしまう露伴。その場面で謡われているのは、伊勢国・阿漕浦を舞台とする能「阿漕」です。
阿漕浦を訪れた旅の僧は一人の漁翁と出会い、その浦で密漁を重ねた末に罪が露見して殺害され、死後も罪の苦しみに苛まれているという漁師・阿漕の物語を聞かされる。話し終えた漁翁は姿を消し、彼こそが漁師・阿漕の亡霊だったのだと僧は察する。
僧が阿漕のことを弔っていると、また阿漕の亡霊が姿を現す。密漁への執念に囚われ、網を曳いて殺生を繰り返すも、辺りは地獄の様相へと変化し、魚たちは阿漕に襲いかかる。いつまでも続く地獄の呵責に苛まれながらも、阿漕は海の底へ沈んでいった……。
繰り返される密漁の罪と、繰り返される密漁への罰。それもまた、ヒョウガラ列岩の幻の黒アワビをめぐって繰り返される密漁と、「密漁の方法」そのものが密漁者たちを罰する手段として伝承され、その結果墓場に積み重ねられてきた密漁者たちの遺骨の光景と重なります。
また伊勢国といえば伊勢神宮であり、同社においてアワビは「伊勢神宮の創建に携わった垂仁天皇の第四皇女・倭姫命が、お弁という名の海女に献上されたアワビの美味さに感動したために、アワビを献納されるようになった」という逸話の通り、神々に供える神饌で最も重要な食物とされています。
信仰としての漁と、冒涜としての漁。かつて天照大神が「美し国(うましくに)」と呼んだ伊勢国に残る、対極ともいうべき二つの漁をめぐる物語も、本エピソードはドラマオリジナルの演出として盛り込んでいるのです。
まとめ/次回の物語の舞台はイタリア?
ドラマ『岸辺露伴は動かない』第9話「密漁海岸」。そのラストにて、作中序盤「食をテーマにした怪奇ミステリー」というアイデアを提案していた泉は、トニオの美味しいイタリア料理を堪能できたためか「舞台は美食の国イタリアですよ」「次の取材旅行はこれで決まりですね」と新たなアイデアを口にします。
原作の漫画『岸辺露伴は動かない』ならびにシリーズ作品には、イタリアが登場するエピソードが存在します。それは、グッチ設立90周年と原作者・荒木飛呂彦の執筆30年を記念して発表された「岸辺露伴 グッチへ行く」と、シリーズの“原点”ともいうべきエピソード「懺悔室」です。
特に「懺悔室」は、「露伴がイタリア・ヴェネツィアでの取材中、某教会の懺悔室で偶然聴くことができた話」という設定で物語が展開されることから、「露伴が本当に文字通り『動かない』のでドラマ化は難しいのでは」とファンの間では語られてきたエピソード。
しかし先述の通り、1997年に発表された同エピソードがなければ漫画『岸辺露伴は動かない』はシリーズ化もされず、原作ファン層にとどまらない大ヒットとなった実写ドラマ・映画も実現しませんでした。
『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』に続き、海外ロケでの実写映画化が実現するのか。2024年5月の現時点から、ファンの興奮を掻き立ててくれます。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。