連載コラム「銀幕の月光遊戯」第53回
映画『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』が2020年2月14日(金)より新宿シネマカリテほかにて全国公開されます。
2000年代の半ば、アメリカ文壇に彗星のごとく現れた一人の”天才少年”がハリウッドをも巻き込んだ壮大な嘘とは!?
スキャンダルの裏の裏に秘められた真実とは一体どういうものだったのでしょうか!?
当事者自身が製作総指揮・脚本を担当。その真相がドラマティックに描かれています。
CONTENTS
映画『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』の作品情報
【公開】
2020年公開(アメリカ映画)
【監督】
ジャスティン・ケリー
【キャスト】
クリステン・スチュワート、ローラ・ダーン、ジム・スタージェス、ダイアン・クルーガー.、コートニー・ラヴ、ケルヴィン・ハリソンJr、ジェームズ・ジャガー
【作品概要】
アメリカ文学界に突如現れ多くの人を虜にした作家J・T・リロイ。だが、彼は2人の女性が作り出した架空の少年だった。アメリカで一大スキャンダルとなった実際の事件を元に、実在しない少年に成り済ますことになった女性サヴァンナ・クヌープ自身が製作総指揮、脚本を担当。『パーソナル・ショッパー』などのクリステン・スチュワートがサヴァンナを演じ、実際に小説を書いていたローラー・アルバートをローラ・ダーンが演じている。
監督を務めたのは、『ストレンジャー 異界からの訪問者』などのジャスティン・ケリー。
映画『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』のあらすじ
2001年、実家を出てサンフランシスコに住む兄ジェフのもとにやってきたサヴァンナ・クヌープは、ジェフのパートナーでバンド仲間でもあるローラ・アルバートと出会います。
彼女は『サラ、神に背いた少年』という小説を書き、高い評価を得ていました。しかし、彼女は、小説の作者はJ・T・リロイという少年で、女装の男娼(しょう)だったという少年自身の体験を元にして書いた本として売り出していました。
もうすぐ40歳になる自分が書いたものなど誰も見向きもしないだろう、J・T・リロイという少年の自伝的作品だからこそ評価されるのだとローラはサヴァンナに熱心に語ります。
これまでは写真撮影やインタビューなどは断ってきましたが、ローラはふと思いつき、サヴァンナにJ・T・リロイになりすましてほしいと頼みます。
それは容易いことに思えました。サヴァンナは承諾し、金髪のウィッグとメガネで変装し、兄が写真を撮って、お小遣いとして50ドルをゲットします。写真は地元のタブロイド新聞に掲載されました。
一度だけのはずだったのに、ローラからもう一度J・Tリロイになってほしいと頼まれたサヴァンナは、ローラの力になろうと引き受け、プロのカメラマンの前に立ちました。
ローラは英国人マネージャーのスピーディーというキャラクターになって、現場を仕切ります。
緊張のあまり、吐きそうになるサヴァンナ。ローラもばれては大変と早々と切り上げさせます。
インタビュー紙に載ったJ・Tリロイの写真は大きな反響を呼びました。サヴァンナは自分の生活に戻り、酒場でアルバイトをはじめ、恋人も出来ましたが、小説がハリウッドで映画化されることになり、ローラからロスアンゼルスに行こうと誘われます。
ロスアンゼルスに着くと、J・Tファンのサーシャに迎えられます。サーシャの豪邸に滞在しながらパーティーや朗読会をこなしていたJ・Tの前に映画のサラ役と監督を熱望しているエヴァが現れます。
やがてサヴァンナは、エヴァに強烈に惹かれていき、J・Tでいることを手放せなくなっていきます。
名声が高まるにつれ、J・Tの存在を疑うような言説も飛び交い始めました。それらを否定し、ローラとサヴァンナはマネージャーとJ・Tという役割を演じ続けますが・・・。
映画『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』の感想と評価
J・T・リロイとは誰か!?
アメリカの文壇に彗星のごとく登場し、時代の寵児となった美少年作家 J ・ T ・リロイ。
2000年に『サラ、神にそむいた少年』を発表するや、文芸誌や新聞の文芸欄で高く評価されます。
幼い頃に母親から虐待を受け、男娼として生きながらえるもエイズに感染という若き作者の衝撃的なプロフィールもあいまって、多くの人々が小説を手にとりました。
朗読会にはシャイすぎるという理由で姿を見せないため、マシュー・モディーンなどの有名人が変わって朗読し、さらに人々の注目を集めることになりました。
やがて、J・Tは姿を表し、その中性的な容姿と独特のファッションセンスも相まって一躍セレブの仲間入りを果たします。ウィノナ・ライダーや映画監督のガス・ヴァン・サント、コートニー・ラヴ、ボノなどのアーティストたちとも交流が始まりました。
2作目の『サラ、いつわりの祈り』も好評を博し、アーシア・アルジェントによって映画化もされました。
ところが、2006年、天才少年作家J・T・リロイは、2人の女性が作り出した架空の少年であることをニューヨーク・タイムズ誌がスッパ抜きます。
実際に小説を書いていたのは、中年の無名の女性、ローラ・アルバートで、J・Tとして姿を見せていたのは、ローラの恋人の妹、サヴァンナ・クヌープでした。
これまで作家、J・T・リロイを愛してきた人たちや、様々な支援を行ってきた人々は、「裏切られた」と彼女たちを激しくバッシングし、一大スキャンダルとなります。
映画『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』を観る前にこうした概要を知っておくと、よりよく作品を理解することができるでしょう。
ドキュメンタリー映画『作家、本当のJ・T・リロイ』
『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』を語る前に、2006年に製作されたドキュメンタリー映画『作家、本当のJ・T・リロイ』(ジェフ・フォイヤージーク)に触れておく必要があるでしょう。
このドキュメンタリー作品は、実際に小説を書いたローラ・アルバートを語り手として実際のフィルムや写真、当時のニュース映像や、録音テープなどを駆使して、なぜJ・T・リロイが生まれるにいたったのかに迫ったものです。
大変な実力がありながら、自身の内面にも外見にも自信が持てない彼女は、自分が売り込んでも誰も見向きもしないだろうと考え、不幸な少年作家を生み出しました。
しかし、それは決して売るための手段だったわけではなく、その不幸な境遇の少年は、彼女自身の姿でもあったのです。母と父が離婚したことから精神のタガが外れ、手に負えないと母や父から捨てられ、精神病院に入院させられたという彼女の幼少期が赤裸々に語られていくとともに、彼女の創作の秘密が明らかにされていきます。
世間は彼女たちを詐欺師と非難しましたが、創作とは真実だけを淡々と描写していくものではないはず。小説家は時には違った性別にもなり、時には異国の人間にもなり、時には人間ではないものにもなるものです。
J・T・リロイとはローラ自身であり、創作というものの1つの形であり、それが自身の心を救うものであったという彼女の主張は一貫しています。
映画の終盤に彼女の生涯に大きな影響を与えた幼少期の痛ましい事実が明らかにされます。それはドキュメンタリー映画『ホイットニー オールウェイズ・ラヴ・ユー』(2018)が作品の後半にその事実を突きつけてくるのと同じ作りです。はじめにその事実を述べるよりも、衝撃度が高く、欠けていたパズルがすっとはまる感覚をもたらせる表現方法です。
観客はローラこそ間違いなくJ・T・リロイなのだと確信するのです。
J・T・リロイによる自身の開放
『作家、本当のJ・T・リロイ』は非常にすぐれた作品ですが、ここではJ・T・リロイに成りすました女性の感情についてはほとんど触れられていませんでした。
未来あるティーン・エイジャーを巻き込んだ罪は大きいのではないかという気持ちが拭えずにいたのですが、『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』は、その女性、サヴァンナの立場から、一連の出来事を描いた作品となっていて、彼女自身が脚本、製作総指揮を務めています。
こちらはドキュメンタリー映画ではなく、劇映画で、クリステン・スチュワートがサヴァンナを、ローラ・ダーンがローラ・アルバートをそれぞれ演じています。
最初は、軽い気持ちで引き受けた自身の役割が、ローラのためにという人助けとなり、やがて、自身も、その姿を手放せなくなる過程が丁寧に描かれていきます。
手放せなくなったのは、名声を得て、セレブの仲間入りができたからという理由だけではありません。サヴァンナは、J・T・リロイになることで初めて本当の自分を獲得することができたと実感したのではないでしょうか!?
パリで新聞記者から本当は女性なのではないかと追求された際、彼女は「私は誰にでもなりえる」と応えています。J・T・リロイを演じることで、彼女はそれまでには気づいていなかった自身のアイデンティティーとセクシュアリティに直面したのです。J・T・リロイの姿は本来の彼女を開放させることとなったのです。
これは決して彼女たちだけの特殊な事情ではなく、生きづらさや、居場所のなさなどは誰もが少なからず感じている普遍的な事柄です。映画はこうした複雑な人間の内面に焦点をあて、人間が自分らしさを獲得するためにもがき苦しむ姿を鋭く、かつ暖かく、見つめています。
“スキャンダラスな事件もの”を期待していると少し肩透かしを食うかもしれませんが、深い人間ドラマとして、魅力あふれる作品となっています。
まとめ
サヴァンナを演じたのは、オリヴィエ・アサイヤス監督の『アクトレス 女たちの舞台』(2014)、『パーソナル・ショッパー』(2016)などで美しき演技派ぶりを発揮し、リブート版『チャーリーズエンジェル』(2019)にも出演しているクリステン・スチュワートです。髪型をベリーショートにしたクールな佇まいでその美しさを際立たせています。
ローラ・ダンは、想像豊かで才能があるのに、自身を過小評価し、自信を持つことが出来ないローラー・アルバート役を生き生きと演じています。
面白いのは、実際に、J・T・リロイフィーバーの最中に、J・T・リロイと親しかったコートニー・ラヴが出演していることです。本人役ではなく、J・Tを迎えるセレブの役を演じています。
日本ではあまり見受けられませんが、海外では作家が新作を出すとサイン会と共に頻繁に朗読会が開かれます。
そうした海外の出版業界の一端も垣間見ることが出来ます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
20020年2月22日(土)よりロケ地である群馬県のシネマテークたかさきにて先行公開されたのち、2020年2月 29日(土)よりユーロスペース、横浜ジャック・アンド・ベティ、2020年3月13日(金)よりテアトル梅田、京都みなみ会館ほかにて全国順次公開される日本映画『子どもたちをよろしく』をお届けする予定です。
お楽しみに。