真実はひとつではない。正義の反対は悪ではなく別の正義。
2016年9月9日(土)より東京・渋谷ユーロスペースから公開の『おクジラさま ふたつの正義の物語』。
今作はドキュメンタリー映画をあまり観ないあなたや地方の市町村にお住まいのあなたに、ぜひ、観ていただき作品です!
CONTENTS
1.映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』の作品情報
【公開】
2017年(日本・アメリカ合作映画)
【監督・プロデューサー】
佐々木芽生
【作品概要】
『ハーブ&ドロシー』の佐々木芽生監督が、”捕鯨問題”で世界的論争に巻き込まれた和歌山県太地町という漁師町を通して、歴史と伝統、またイデオロギーにおいて自分と反する立場の他者との共存は可能なのかを探っていくドキュメンタリー。
2.佐々木芽生監督のプロフィール
RT @izasasakima: NY在住の映画監督、佐々木芽生さんが国際的な論争となっている「クジラ映画」制作に挑もうとしています。前作「ハーブ&ドロシー」は映画祭の賞を受賞した実力派監督http://t.co/gdQNScyulx pic.twitter.com/DcRAxefEi8
— 佐々木芽生 (@MegumiSasaki) 2015年5月2日
佐々木 芽生(ささき めぐみ)は、北海道札幌市生まれの監督・プロデューサー。
青山学院大学文学部仏文科を卒業した後、フリージャーナリストを経て、1987年よりニューヨーク在住。
1992年にNHKアメリカ総局勤務すると、『おはよう日本』にてニューヨーク経済情報キャスター、世界各国から身近な話題を伝える『ワールド・ナウ』NY担当レポーターとして活躍しました。
その後、独立。テレビの報道番組の制作に携わり、2008年に『ハーブ & ドロシー アートの森の小さな巨人』で初映画監督デビューを果たします。
世界30を越える映画祭に正式招待され、米シルバードックス、ハンプトンズ国際映画祭などの最優秀ドキュメンタリー賞、観客賞など多数受賞。
2013年に続編となる映画『ハーブ&ドロシー2~ふたりからの贈りもの』を公開。
2016年に『おクジラさま ふたつの正義の物語』を完成させ、同年釜山国際映画祭コンペティション部門に正式招待されました。
2.映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』のあらすじ
紀伊半島南端に位置する和歌山県太地町、約3000人の住民が住む小さな漁師町。
この日は毎年開催される「くじら祭り」真っ最中。元気で明るい子どもたちは、くじら神輿やくじら山車をひき、老若男女たちの表情も笑顔に和らぎ賑わいっています。
また、町民たちの長蛇の列に並ぶ先には、鯨のツミレ汁や味噌煮もふるまわれ、売れ切れるほどの人気ぶり。
ここにいる誰もが「くじらの町」として400年の歴史に誇りを持って、自然に対する畏敬の念と精神文化に感謝をしていました。
日本の各地にどこにでもありそうな穏やかな田舎の風景。しかし、太地町は“世界的論争”に巻き込まれた町という側面もあったのです。
2010年3月。日本人と欧米人のイデオロギーが激しく対立した、きっかけは、太地町のイルカの追い込み漁を取材した映画『ザ・コーヴ』。
この作品が米アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞したことで更に波紋が広がり、太地町は“イルカ殺しの町”というレッテルを貼られてしまいます。
世界的論争の渦中となった太地町には、シー・シェパードを中心とした海外の環境活動や動物愛護団体たちから集中非難の的となってしました。
環境保護団体シー・シェパードは太地町にメンバーを送り込みます。そのいでたちは黒いTシャツ姿にドクロマーク付きの帽子という姿で太地町の住民の前に現れます。
彼らの手には護身用の木棒と鯨漁を撮影するカメラを携え、数人サポーターを従えています。
シー・シェパードは、メディアやインターネットを巧みに使いこなし、環境NGOの彼らの“英雄行為”に対して世界中から高額な寄付金が集まります。
一方の太地町の漁師たちは、複数の船で小型クジラ(イルカ)の群を湾に追い込み、網で封鎖した後に捕獲する追込み漁を行なっています。
シー・シェパードは追い込み漁を撮影してはネットで配信。
するとネットを閲覧した人たちから非難のメッセージが町役場に殺到し、更に欧米の活動家が抗議に駆けつけました。
地元警察は警戒態勢を敷き、政治団体「日本世直し会」の街宣車のスピーカーからは、カタコトの英語で活動家たちに大声で語りかけます。
日常的には穏やかだった静かな太地町が我も我もと大騒動となってしまう…。
3.映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』の感想と評価
古式捕鯨発祥の地のひとつとして知られる和歌山県太地町。クジラとの関わりを伝統文化として暮らしの一部に生きてきた人々。
400年前からクジラとともに生きてきたことは、単なる食肉としてのクジラ漁ではなく、そこには生き物への感謝の気持ちがあり、自然に対する畏敬の念という精神文化が受け継がれてきたのです。
太地町の住民や漁師たちの暮らしは、日本人にはとっては想像に容易いことかもしれません。
しかし、宗教や生活文化の異なった欧米人に現実的な理解を求めることは容易なものではありません。
佐々木芽生監督はこの映画製作にあたり、次のように述べています。
「『ザ・コーヴ』を見た時の衝撃は何ったのか?自分の心に突き刺さったものの正体を見極めるために。ところが答えを探しているうちに、クジラとイルカをはるかに超える大きな問題にぶつかった。自分がそれまで信じていたことが、揺らぎ始めた。真実とは何か、正義とは何か、段々わからなくなった。押して、太地町という小さな町で起きていることが、今、世界で起きていることに重なった」
佐々木芽生監督は、『ザ・コーヴ』の映画的な魅力を認めつつも、小さな太地町で起きている紛争を目の前にすると、これまでにはない疑問を覚えて自問自答を繰り返したようです。
映画の中には太地町に外部からやって来た佐々木監督が、一瞬の映像ですが、漁師と信頼を築きはじめた矢先に詰め寄られるショットがあります。
シー・シェパードと漁師の中間的な立ち場でないと誤解される場面です。
そこから佐々木監督の自問自答をせざるおえない立ち位置も伺えます。それでも佐々木監督が行き着いたのは、世界中で問題となっていることだと語っています。
「グローバル化を進めたい都市部の生活者と、グローバル化をよしとしない地方の人々との、あまりに違う世界観であり、分断だった」
近代社会の発展とともに正義の名の下に副産物として生み出した二項対立。
そのこから始まる異なりや違いは紛争となる気がついた佐々木監督。
彼女は世界各地で起きている問題だと認識を深めます。
「戦争とは、こうして始まるのだと思った。大切なのは自分と相容れない考え方や生き方をしている人を「排除」するのではなく、違いを認めて「共存」することではないか」
佐々木監督の考え方の論が結びついたと世界各地の問題とは、2016年に起きたイギリスのEU離脱、トランプ大統領の誕生に象徴されています。
グローバリズムの拡大によって疲弊して脅かされいる地方の人々の怒りと不満の結実だと言うのです。
太地町の漁師たちの場合は、シー・シェパードのようにはインターネットとソーシャルメディアを上手に機能させていません。
しかし、“声なき人々の意思表示”と同じだと佐々木監督は指摘します。
今作『おクジラさま ふたつの正義の物語』は、日本人が今考えなければならないコミュニケーションの問題が描かれた作品です。
どのような地方の小さな町であっても、ソーシャルメディアによって一瞬にして情報が拡散する時代。
例えば、地方が東京を真似たり、目標することに何の意味もありません。
地方ある方言ようにそこにしかない言葉で、そこにあることを語り合い、発信していく。
そこにコミュニケーションのヒントがあるのかもしれませんね。
まとめ
この作品は先の成功例『この世界の片隅に』のように、クラウドファンディングの映画制作費を呼びかけ、1824人から23,250,000円を集めたことでも話題になりましたね。
また、スタッフとしてエグゼクティブプロデューサーに真木太郎が参加している共通点もあります。
これらの心強い賛同者や同志を得た佐々木芽生監督は、捕鯨論争に光をあてながら、それだけでは終わらないメッセージ性のあるドキュメンタリー映画を見ごとに完成させました。
世界が直面する問題を捕鯨への賛否や食文化や伝統のみの記録で終わらせず、また、異文化の衝突すらも温かい視点を保ちつつ紡ぎ出した映像は圧巻です!
佐々木監督自身の日本とアメリカの二国間の生活感のみがそうさせたのではなく、彼女の特出した才能と言えるでしょう。
また、被写体としてクジラ追い込み漁を行う漁師たちと環境保護を強く訴えるシー・シェパードたちのみが映し出されなかったことにとても好感が持てました。
元AP通信記者ジェイ・アラバスターや日本世直し会の中平敦、または太地町率くじらの博物館の桐畑哲雄副館長などユニークなキャラクターが次々に登場します。
その際たるものは、太地町の未来そのものといえる子どもたちの笑顔。
あなたは、『おクジラさま ふたつの正義の物語』に何を見つけますか?
9月9日(土)より東京・渋谷ユーロスペースから全国順次公開。
今年ベスト級のドキュメンタリー映画のオススメの1本です!
ぜひ、劇場でご覧ください!