『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』は聴覚をほとんど失ったドラマーの物語
映画『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』は、リズ・アーメッド扮する主人公のドラマーが、突然聴覚のほとんどを失い葛藤する中で人生を見つめなおすヒューマンドラマです。
共演にオリビア・クック、ローレン・リドロフ、マチュー・アマルリックらが脇を固め、監督・脚本は『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ 宿命』の脚本家ダリウス・マーダーが務めました。
第93回アカデミー賞にて6部門ノミネートし、編集賞、音響賞を受賞したAmazon studio製作の映画です。日本では2020年12月から配信されています。
CONTENTS
映画『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』の作品情報
(C)2020 Sound Metal, LLC. All Rights Reserved.
【公開】
2021年
【監督】
ダリウス・マーダー
【キャスト】
リズ・アーメッド、オリビア・クック、ポール・レイシー、ローレン・リドルフ、マチュー・アマルリック
【作品概要】
主演は『ヴェノム』(2018)や『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』(2016)『ゴールデンリバー』(2019)など出演作多数の演技派俳優リズ・アーメッド。
ヒロイン役のオリビア・クックは、サンダンス映画祭でグランプリを受賞した『ぼくとアールと彼女のさよなら』(2015)や『レディ・プレイヤー1』(2018)に出演している人気女優のひとりです。
第93回アカデミー賞にて作品賞、主演男優賞、助演男優賞など6部門にノミネートされて編集賞と音響賞を受賞しています。
監督・脚本を務めたのは、ダリウス・マーダー。ライアン・ゴズリングとブラッドリー・クーパー出演の『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ 宿命』(2013)の脚本を務めた人物です。
映画『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』のあらすじとネタバレ
(C)2020 Sound Metal, LLC. All Rights Reserved.
メタルバンドのドラマーとして活動しているルーベン(リズ・アーメッド)は、ボーカルのルー(オリビア・クック)と一緒にトレーラーハウスで暮らしていました。
あるライブの準備中に突然聴覚に違和感を覚えたルーベン。病院で診断を受けたところ、8割の聴覚を失っていてバンドの継続は不可能。治る見込みもないと告げられてしまいます。
やけになるルーベンのために、ルーは、彼をろう者の支援施設へと連れていきます。
そこでは、入所すると外界との連絡は一切遮断する決まりになっており、ルーベンはルーと涙ながらに離れ離れになる決意をしました。
携帯電話と車の鍵をジョーに渡さなければならず、ルーベンは嫌々ながらも従いました。
ほかの入所者とのクラスや施設の離れにあるろう者の児童の授業に参加したルーベン。しかし、手話を使えないのでうまく意思疎通をとれませんでした。
ひさしの修理をしていたら、責任者のジョーから何もしなくていいと止められます。
そして、朝5時半にコーヒーを用意しておくように頼まれます。その部屋では何もせずじっとしておくこと、もしくは気持ちが落ち着くまで紙に文字を書き続けるように言われました。
ルーベンが公園の滑り台に座っていると、その施設の児童が滑り台をたたいて音を鳴らしました。その音にリズムを打ち返すルーベン。児童は滑り台に耳をあてて寝そべります。
児童らと山にハイキングに出かけたルーベン。覚えた手話を使ったり、ゲームでコミュニケーションをとってしだいに打ち解けていきます。
ルーベンは日ごとに手話を覚え、他の入所者らと食事中に会話をしたり、児童らにバケツとスティックを使ってドラムを教えます。また、タトゥーを彫ってあげたりなどしていました。
朝の習慣も馴染み、改めてジョーと話をします。施設の人にとってルーベンはなくてはならない人材になっていてるので、これからも施設で働いたり、学校で児童を指導してみないかと誘われました。
ルーベンはジョーの目を盗んでパソコンを使って、恋人のルーの近況をネットで見ます。ひとりで機材を使いながら歌う彼女の姿を見たルーベンは自分のバンに向かいます。
バンに積んでいたドラムをたたくルーベン。力のままにたたいてもその音はルーベンにはこもってかすかにしか聞こえませんでした。機材を全て片付け、彼女ために売りたいと同じ施設の入居者に頼みます。
そして、ジョーのパソコンを使って聴覚学者に連絡をし、難聴治療の病院に予約を取りました。
音楽のクラスでは、児童らといっしょにピアノに両手を当てて演奏を振動とわずかな音量で聴きます。
ル―ベンは車を売りに出しました。8週間待ってもらい、その後全額プラス一割増しで買い戻すという提案の上でした。
そのお金を使って、ルーベンは難聴治療の手術を受けました。当分は何も聞こえないが、4週間後に音入れのために再来院するよう言われました。
手術を終え、施設へ戻ったルーベン。ジョーに事情を話します。朝の静寂の時間に何か感じなかったかと問われます。
その静寂こそ、心の平穏を保てる場所で、そこは決して君を裏切らないと伝えます。しかし、ルーベンは出ていく意思を変えませんでした。
ルーベンは、ジョーにトレーラーを買い戻す金を貸してほしいと頼みますが、断られました。4週間の間置いてほしいと頼みますが、施設の入居者は耳を治すためにいるわけではなく、それは曲げられない方針だから、出て行ってもらうしかないと話します。
映画『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』の感想と評価
(C)2020 Sound Metal, LLC. All Rights Reserved.
本作は、突然聴覚を失ってしまった男性が自身の内面を見つめなおす物語です。その男性がバンドのドラマーという設定もあって、音が聞こえる感覚が繊細に表現されています。
しかし、本作の本質は聴覚の有無に関係なく、生きる上で心の在りかをどこに置くかということを描いているように感じられました。
特殊な音響表現と見事な演出
(C)2020 Sound Metal, LLC. All Rights Reserved.
本作は、耳が正常に聞こえている前半や、施設に入所してすぐのシーンではセリフはありますが、施設での生活が始まる中盤からは、かなりセリフが少なくなります。
そして、音楽や効果音による必要最低限の演出と、主演のリズ・アーメッドをはじめ俳優陣の繊細な演技が際立ちます。
リズ・アーメッドは6ヶ月間ドラムの特訓に励み、手話も習得したそうです。
ドラマーであるルーベンにとって耳が聞こえなくなるということの辛さを見事に表現していたのはもちろんですが、ルーベンの人物像を丁寧に表した演出が冒頭のシーンに詰まっていました。
朝起きて、恋人のルーのためにスムージーを用意し筋トレを行った後、機材の手入れをするシーンです。このシーンだけでもルーベンの日々の生活が恋人のためにあり、自身で健康を維持しながらドラマーとして日々の暮らしを送っているのだと読み取れます。
また、ライブ先に向かう車中でルーベンとルーは沢山会話を交わします。タトゥ―の話や映画の話など、その他愛のないやり取りからふたりの絆が十分に伝わってきます。
この短いシーンがあったからこそ、のちに再会したときのふたりの変化と互いに感謝するシーンが心に沁みるのです。
そして、本作の一番の特徴と言えるのは、難聴のルーベンに聞こえている音を場面の所々で織り交ぜている点です。
この音響表現はとても特殊で、映画館での没入感をより増す効果があるでしょう。家で観る場合はイヤホンでの鑑賞がおすすめだといえます。
静寂の中に見つける平穏
(C)2020 Sound Metal, LLC. All Rights Reserved.
ルーベンが、振動を通して音を感じるシーンが何カ所かありました。児童に対して滑り台を叩いてリズムを聞かせるシーンや、ピアノの演奏を両手に伝わる振動から感じとるシーンです。
施設での生活に慣れてきたルーベンが今までとは違った形で音楽と向き合うなかで、新たな発見をしているようでした。今までと同じ生活はできないものの、違う生き方もあるのだと少しずつ受け入れていくのです。
ルーベンが機械を通して聞こえる雑音を遮断したとき、木々のざわめきや風が草をゆらす音、鳥のさえずりなど、ルーベンには聞こえていないはずの音たちが彼を包み込みます。
しかし、彼自身はその空気を体と心で感じ取っているようでした。
そして、ルーベンがたどり着いた平穏。それは難聴になるまでは気付かなかった、静寂の中に自分自身を見つけるということだったのです。
「なにもやり遂げなくていい。そのままの自分をみつめ、受け入れる」ということを施設でジョーから教わったルーベンは最終的に静寂の中に心の在りかを見つけたのだと言えるでしょう。
少し切ないですが、穏やかさとぬくもりを感じられるラストシーンは必見です。
まとめ
日々、多くの情報と他者からの声や評価に囲まれている現代の人々にとって、静寂のなかで自分のことをただひたすらに見つめることができる人はどれほどいるのでしょうか。
出来ることを数えず、そのままの自分でいる尊さに気づくこと。焦らずに心と体を解放して生きることとはどういうことなのか。
本作は、そんな問いを投げかけてくれる希少な作品となっています。