ジェニファー・ローレンスの秀逸な演技が光る一作
映画『その道の向こうに』は、2022年にAppleTV+で配信開始されたヒューマンドラマ映画です。
『ミッドサマー』(2019)や『カモンカモン』(2021)のA24スタジオによるこの映画。
ケガを負ったアフガニスタン帰還兵のリンジーと、過去の交通事故のトラウマを抱えたオークインが出会い、互いに人生を見つめなおす物語となっています。
「ハンガーゲーム」シリーズや『世界に一つのプレイブック』(2012)などのジェニファー・ローレンス主演。『エターナルズ』(2021)などに出演しているブライアン・タイリー・ヘンリーが出演しています。
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映画『その道の向こうに』の作品情報
(C)Apple
【公開】
2022年(アメリカ映画)
【監督】
リア・ノイゲバウアー
【キャスト】
ジェニファー・ローレンス、ブライアン・タイリー・ヘンリー、リンダ・エモンド、ジェイン・ハウディシェル、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ラッセル・ハーヴァード、フレデリック・ウェラー
【作品概要】
『その道の向こうに』は、『ミッドサマー』(2019)や『カモンカモン』(2021)などのA24スタジオ製作のヒューマンドラマで、AppleTV+にて2022年11月4日から配信開始されています。
主演のジェニファー・ローレンスは、「ハンガーゲーム」シリーズで主演を務め一躍人気を博し、「X-MEN」シリーズではミスティ―ク役で出演。他にも『アメリカンハッスル』(2013)や『ドント・ルック・アップ』(2021)など、出演作が途絶えない人気俳優のひとり。
ブライアン・タイリー・ヘンリーは、映画のみならずテレビや舞台でも活躍する俳優です。出演作品は、映画『エターナルズ』(2021)、『ブレット・トレイン』(2022)やドラマシリーズ「アトランタ」(2016)など。
兄役を演じたラッセル・ハーヴァードは、ろう者の俳優です。
面会室でガラス越しに親指と人差し指と小指を立てた「I love you」のハンドサインは、2022年の映画『コーダ あいのうた』のラストシーンでも印象的に使われていた「I love you」のサインです。(正確には、『コーダ あいのうた』では中指を人差し指にかけて「I really love you」という意味で使われました)
映画『その道の向こうに』のあらすじとネタバレ
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アフガニスタン帰還兵のリンジー(ジェニファー・ローレンス)は、軍病院からヘルパーのシャロンに連れられて車で家へと向かいます。
リンジーは戦地で脳に損傷を受け、手の渋れがあり歩行が困難なため、車いすに乗っています。
家では、トイレや入浴時にシャロンに介護を受ける。夜中にフラッシュバックによる発作が起きる。歩行できるまで回復したものの、ドライブ中も精神不安定になってしまうリンジー。
シャロンの心配をよそに実家のニューオーリンズに帰ることにしました。空港に母親が迎えに来る予定だったもののその姿はなく、バスで家へと向かいます。
家の周りは雑草が生え放題、外壁もくすみ、庭のプールには苔が生えていました。自室で眠っていると、夜になって母親が帰ってきました。
帰ってくる日にちを勘違いしていたと話します。
リンジーを心配する母親ですが、眠るように言うと母親は男性とリビングで楽しそうに飲み始めました。
プール清掃のアルバイトを始めることにしたリンジーは、実家にあった母の車で向かいます。しかし、運転中に故障してしまいます。
修理屋に持っていくと、修理工のオークインから良いトラックだから一度車を預かり見積もりを出すと提案します。
歩いて帰っていたリンジーは炎天下の中へばっているところ、車で通りかかったオークインに呼び止められ同乗することにします。
CDで音楽を聴きながら、互いにニューオリンズが地元であるという話に。オークインの妹のジェスのことをバスケで知っていたリンジーは話題にしますが、オークインは黙ってしまいます。
音楽の話をしてごまかし、別れました。
その晩、母に晩酌を誘われますが疲れているからとリンジーは断りました。
プールの清掃アルバイト中、リンジーの元にオークインがやって来ます。邸宅のプールサイドで会話する2人。
車の事故で片足が義足であることをオークインは明かし、リンジーも帰還兵なことを打ち明けました。
病院で経過良好だと診察を受けたリンジーは服薬をやめたいと言いますが、許可されません。事故の経緯を尋ねられ、リンジーは詳細を節説明します。
陸軍工兵隊の給水システムダムで働いていたリンジーは、基地から車で20分の所にあるダムへ向かっていた時に爆撃にあったと言います。
何が起きているか分からないでいると、隣に座っていた軍曹の足から胸まで火が広がっていた。
視界は悪く、車のドアが開いたが外に出た隊員は射殺されたので出られなかった。
しかし、出なければと思っているところで意識が途絶え、目が覚めると「爆発のせいで脳出血をおこした」と言われたのだ、と説明しました。
自宅へ帰ると、母からオフィスワークを紹介すると言われます。しかし、リンジーは今プール清掃をしていることと、戦地に戻る気でいると伝えます。
翌日、リンジーはトレーニングマシンを家へ運ぶのをオークインに手伝ってもらいます。
リンジーの誘いでハンバーガーを食べに行った2人。バーで2人で居ると、リンジーがナンパされます。「俺の彼女だ」と言って男を追い払ったオークインに、リンジーはお礼します。
バーから出て歩きながら、リンジーは自分がレズビアンだと打ち明けました。
オークインは足の事故のことを話します。妹のジェスと甥っ子のアントワンとドライブに行った時のことでした。
その事故で、アントワンだけ死んでしまいました。自分の責任だと話すオークイン。「闇を感じたときはもがかず、その場に耐えるべきだ」と話します。
家にいることが苦痛だと話すリンジー。あらゆるドラックをやっていた兄がいたといリンジー。うとうとすると、母が疲れたんだねと話していたと言います。「兄に会いたい」とリンジーはつぶやきます。
酔っぱらったオークインを車で家に送り届けたリンジーは、オークインの広い家でおしゃべりします。
母親が死んでから、ジェスとアントワンと3人で3年間暮らしていました。リンジーは、みんなで暮らしていた家に残るのは健康的じゃないと言います。自分の母がそうであるように。
オークインは自分の家に越してきて、一緒に暮らしたら良い、と言います。
「ただ人がそばにいるのって良い。朝は一緒にコーヒーを飲んだりさ、夜は一緒に一服して、たまには料理して。昔みたいに」と話すオークインでした。
帰宅したリンジーは母と会話していると、「昔は面白い子だったのに」と言われました。そして、庭先でビニールプールに入ります。次の予約の時に一緒に行くと母は言いました。
リンジーと母は向かい合って、なぜ家をでたのか母は尋ねます。家が、嫌だったと答えるリンジー。
「昔は私もふらふらしてたから。わかるよ」と言う母。電話が鳴り、お酒をとりに行った母は電話に出ると、恋人でした。
はじめは「今娘と遊んでるから会えない」と言ったものの、話しているうちにリンジーをひとり残して寝室へ行ってしまいました。
「別に何もしていない」と電話で話していました。
病院に行く日に、車で送ると言っていた母は姿を消し、リンジーはオークインに送ってもらいます。
道中でかき氷屋さんに立ち寄る2人。リンジーは後遺症で手が滑ってかき氷を落としてしまいます。イラつくリンジーを慰めるオークイン。
この町を出たいというリンジーの話を黙って聞いていたオークインは、かき氷をもうひとつ買いに向かいました。
病院で、医師に軍隊に戻りたいと話すリンジー。医師はPTSDを心配し、決して許可をしません。
病院から帰ったリンジーは翌日の午後、リンジーが清掃している邸宅のプールで会う約束をしました。
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映画『その道の向こうに』の感想と評価
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「ただ人がそばにいるのって、いい。朝は一緒にコーヒーを飲んだりさ、夜は一緒に一服して、たまには料理して…」。これは、オークイン(ブライアン・タイリー・ヘンリー)がリンジー(ジェニファー・ローレンス)に言った台詞です。
この言葉以上に、日常の幸せを表せるものはないかもしれません。ただ傍にいて、穏やかな時間を一緒に過ごす。それは平凡なようで、当たり前に手に入る幸せではありません。
そして、この言葉はオークインがかつて幸せだった時のことを思い浮かべながら発したものであり、また、彼同様に孤独を感じているリンジーだからこそ、その言葉に共感したのです。
リンジーは、アフガニスタンで受けた爆撃で損傷を負い、かつ家族に対してトラウマを抱えています。
オークインは自分が起こした交通事故によって片足を失い、命を落とした甥っ子と、その母親の妹に対して、自責の念にかられていました。
互いに体だけでなく心にも傷を負った者同士、心の内を打ち明けやすく、自然と距離が縮まっていきます。
しかし、リンジーが思わずオークインにキスをしてしまったことをきっかけに、2人は口論に発展してしまいます。
そして、触れることで相手を壊してしまうかもしれない心の傷について、お互いに責め合ってしまうのです。
男女の友情は成立するのか、という普遍的なテーマにも触れつつ、ここでより重要なのは2人は同情し合っているからそばにいるのか、ということではないでしょうか。
オークインは「同情されるのはうんざりだ」と言うように、哀れみの目で見られることを求めていません。
リンジーは兄と刑務所で面会した時、自分について「哀れだとは思っていない。ただ、自分でも残念なだけ」と語っているように、決して哀れみや同情を求めてはいません。
リンジーとオークイン、2人は同情しあっているから傍にいるのではない。互いに、一緒にいて安心し合えるから傍にいたいのです。
傷つき苦しんでいる人に対して、どう接したらいいか。心の痛みを知っていればいるほど、迷ってしまうものです。
そこに、正解はないのかもしれません。
ただそばで寄り添うこと、その癒しの効果は計り知れません。そして、そんな居場所を自ら見つけることが、人生をやり直す方法だといえるのではないでしょうか。
リンジーは刑務所にいる兄に会い、彼が自分の居場所を見つけたことを見届けた後、そのことに勇気をもらってか、オークインに謝りに行きます。
そして、リンジーは「友達をつくりたいの」と素直に言います。
そのリンジーのまっすぐな瞳からは、決意がみなぎっていました。映画冒頭、戦地から帰還して魂が抜けたような姿のリンジーとは大きく見違えます。
信頼できる誰かの傍にいられることの尊さ、そして人生を再出発するには誰でもなく自分の一歩が必要という、繊細さと逞しさを描いたこの映画。多くの人に観てほしいと心から思える一作でした。
まとめ
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本作の冒頭、リンジーが迎えの車を待つシーンから、その構図や演出の上手さに唸らされました。
画面の左端にジェニファー・ローレンス演じるリンジーの後頭部と顔の右側の一部がアップで映し出されます。
右下に軽くうつむき、瞬きをしないリンジーからは表情が読み取れませんが、彼女にピントが当てられています。
彼女の右側の少し奥に、軍服を着た人の後姿があり、間もなく車が2人の前方に止まります。
車から降りた女性がこちらへ近づき、軍服の人物と言葉を交わした後、軍人は左手にフェードアウト。
車から降りた女性が「わたしはシャロン」とリンジーに名乗り、ピントがシャロンに当たります。
リンジーは無言のままでしたが、シャロンがリンジーの頭上を見てニコリとすると、画面左から軍人が現れ、リンジーが乗った車いすを後ろから押して、シャロンの車へと運びます。
ここでリンジーが車いすに乗っていたことが初めて分かります。
この冒頭1分ほどのシーンで、見えているものが全てではないとハッとさせられました。
当然のように、リンジーが座っている、もしくは距離をとって立っているように思ってしまった自分に、車いすに乗っているという想像が及ばなかったことに気付かされたからです。
また、まばたき一つせずうつむくリンジーの表情から、戦地で心身に負った傷についても思いを巡らせる見事な演出です。
このシーンのあと、リンジーは迎えにきたシャロンに介護をうけつつ、リハビリ生活を始めます。
本作の良さを語るにあたって、ジェニファー・ローレンスの素晴らしい繊細な演技と役作りは外せません。
ドライブ中に笑顔から徐々に顔色を曇らせる演技や、兄と手話で話しているときに見せる悲しみと喜びを含んだ複雑な表情は息をのむほど繊細です。
ジェニファー・ローレンスの台詞が無くても心境を伝える表現力と、それを最大限に活かす冒頭シーンのような演出が全編に渡って効いていて、リンジーの苦悩や孤独感などを深く表現しています。
決して派手でドラマティックだったり、わかりやすく涙を誘う映画ではないかもしれませんが、人間の弱さと逞しさを丁寧に見せるこの映画に救われる人は、きっと多くいるはずです。
AppleTV+限定配信という限られた視聴方法ですが、多くの人に届いてほしい一作です。