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Entry 2021/12/27
Update

映画『世界で一番美しい少年』ネタバレ結末感想と考察解説。ヴィスコンティに見出されたビョルン・アンドレセンの“人生の光闇”

  • Writer :
  • 菅浪瑛子

ヴィスコンティの映画『ベニスに死す』(1971)で、一大センセーショナルを巻き起こしたビョルン・アンドレセンの今明かされる栄光と破滅

巨匠ルキノ・ビスコンティに見出され、『ベニスに死す』(1971)でタジオ役を演じ、“世界で一番美しい少年”と称されたビョルン・アンドレセン。

そんな彼が2019年にアリ・アスター監督の『ミッドサマー』に出演して大きな話題となりました。

彼の人生に何があったのか…

2021年は『ベニスに死す』のワールド・プレミアで、ルキノ・ヴィスコンティがビョルン・アンドレセンを“世界で一番美しい少年”と宣言してから50年となる年であり、50年の時を経て明かされるビョルン・アンドレセンの栄光と破滅、“世界で一番美しい少年”と呼ばれることの苦悩。

ビョルン・アンドレセンの人生を変えることになったルキノ・ヴィスコンティと出会い、カンヌ国際映画祭での狂騒、日本へ来日した際のファンの熱狂ぶりなど、なすすべもなく狂乱の渦に巻き込まれていった少年時代、そしてつきまとう苦悩との戦いの日々を豊富なアーカイブ映像で辿ります。

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映画『世界で一番美しい少年』の作品情報


(C)Mantaray Film AB, Sveriges Television AB, ZDF/ARTE, Jonas Gardell Produktion, 2021

【日本公開】
2021年公開(スウェーデン映画)

【原題】
Varldens vackraste pojke

【監督】
クリスティーナ・リンドストロム、クリスティアン・ペトリ

【撮影監督】
エリック・ヴァルステン

【キャスト】
ビョルン・アンドレセン、池田理代子、酒井政利

【作品概要】
ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』(1971)で美しい少年タジオ役を演じ、“世界で一番美しい少年”と称されたビョルン・アンドレセンの50年間に迫ったドキュメンタリー。

ビョルン・アンドレセンは幼少期をスウェーデン、ノルウェイ、デンマークで過ごし、ストックホルムのアドルフ・フレデリックの音楽学校で音楽を学んでいました。俳優デビュー作はロイ・アンダーソン監督の『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』(1970)。

その後祖母のすすめでオーディションを受け、『ベニスに死す』(1971)でダーク・ボガード演じる主人公グスタフ・フォン・アッシェンバッハが虜になる美しい少年タジオを演じました。

現在、俳優、そしてプロのミュージシャンとして活躍しています。

制作は、ドキュメンタリー映画『イングリット・バーグマン 愛に生きた女優』(2015)を手がけたマンタレイ・フィルム。本作はサンダンス映画祭で上映され話題となリました。

監督を務めたのは、映画監督としてだけでなく、ジャーナリスト、作家としても活躍するクリスティーナ・リンドストロムと同じく映像監督、脚本家、文化ジャーナリストと幅広いジャンルで活躍するクリスティアン・ペトリ。

撮影監督は、ドキュメンタリー作品、テレビ界にて撮影監督として活躍し、『爆弾処理兵 極限の記録』(2017)でアムステルダム・ドキュメンタリー国際映画祭で受賞したエリック・ヴァルステン。

映画『世界で一番美しい少年』あらすじとネタバレ


(C)Mantaray Film AB, Sveriges Television AB, ZDF/ARTE, Jonas Gardell Produktion, 2021

1970年2月。ルキノ・ヴィスコンティ監督がストックホルムにやってきます。

ヴィスコンティは新しい映画『ベニスに死す』のために“純粋な美”を持つ少年を求め、数年間ハンガリー、ポーランド、フィンランド、ロシアなど各国を探し歩いていました。

そんなヴィスコンティの前に、何も知らない15歳の少年がやってきます。ひと目見て確信したヴィスコンティは、裸になるよう指示します。戸惑いながら服を脱ぎ、下着一枚の姿になった少年こそがビョルン・アンドレセンでした。

デンマークの寄宿学校を抜け出し、ストックホルムの母方の祖父母の家に身を寄せていたビョルン・アンドレセン。

彼の母親はある日突然失踪しましたので、祖母の言われるままオーディションを受けました。契約書も祖母が勝手に契約し、自分がオーディションに受かったことがどれほどすごいことなのかわかっていませんでした。

『ベニスに死す』のキャスティングディレクターを務めたマルガリータ・クランツは、「ひと目で分かるほどヴィスコンティの全身が一瞬にして生き返った」と言います。

同時にビョルンの崇高なまでのカリスマ性を称えつつも、あのような子供に細心の注意が必要だと言及していました。

『ベニスに死す』はヴィスコンティにとって重要な作品であり、老いた男と少年の愛は問題だとプロデューサーは思い、少女を起用したがっていたが、“タジオ”でなければならなかったとヴィスコンティは言います。

同性愛者であることを公言していたヴィスコンティでしたが、周りのスタッフも同性愛者が多く、ヴィスコンティは彼らにタジオを見てはならないと命令をしていました。

ビョルンは知らないうちにヴィスコンティの庇護下にあったのです。

ワールドプレミアで、ヴィスコンティはビョルンのことを“世界で一番美しい少年”と語りました。その表現は生涯ビョルンについて回ることになりました。

そして1971年カンヌで『ベニスに死す』が上映され“真の狂乱”が始まりました。

インタビューでヴィスコンティは、「当時は美しかったけれど今は老けたよ、髪も長いし、背も高い」と語ります。ヴィスコンティは3年間美しい役しかやってはならないという契約をし、彼の顔を所有しました。

当時の狂乱についてビョルンは、かなり恐怖を感じたと語っています。当然人々が称賛するようになり、媚びまで売ろうとする姿に戸惑い、自分が本当に好かれている確証が持てなかったと言います。

自分を守る方法も知らずに巻き込まれたビョルンは、カンヌにいた際ビョルンはよく知らないままゲイクラブに行き、人々の欲望に燃えた目、濡れた唇…異様な空間に戸惑い全てを忘れるかのように酒を飲みまくりました。

その後、日本へ旅立ったビョルン。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『世界で一番美しい少年』ネタバレ・結末の記載がございます。『世界で一番美しい少年』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

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(C)Mantaray Film AB, Sveriges Television AB, ZDF/ARTE, Jonas Gardell Produktion, 2021

ビョルンは日本で西欧のアイドルとして迎えられ、日本中のファンが熱狂して空港で彼の周りに押し寄せます。何もわからず、言われるがままCM撮影、レコーディングと休む間もなく働かされました。

眠くならないよう赤い薬を飲まされ呆然としていたビョルンは、何曲歌ったのかもわからないほどだったと言います。

現代、年老いたビョルンは古びたアパートで暮らし、コンロを消し忘れては大家に立退を迫られ、年下の恋人からも常に怒られています。

そんなビョルンは、熱狂の中訪れた日本に再び立ち寄り、当時のマネージャーに再会します。マネージャーはビョルンの美しさ、アイドルとしての魅力を語り、彼にとって地獄のような日々であったと思うが、自身も目まぐるしく、ビョルンを可哀想だと思う余裕はなかったと言います。

更に、ビョルンは漫画家の池田理代子に会います。彼女は、自身の代表作『ベルサイユのばら』のオスカルのモデルはビョルンであったと話します。

また、彼の外側の美しさしか見ていなかった、傷つけたのではと思っていたが、彼の憂いなど内側も私たちは見ていたのではないかとも言いました。

そして、ビョルンは自身の抱える闇について語り出します。異父兄妹の妹とは大の仲良しで、デンマークで生まれ育ったビョルンでしたが、ある日母が失踪します。さまざまな噂が流れましたが母の消息はわからず……。

ある日、祖母の家にいると警官がやってきて、森で母の遺体が見つかったと話します。その日以来、誰も母の話をすることはありませんでした。父を知らないビョルンは50年の時を経て、母の友人を訪ね父は誰だったのか、と尋ねます。

しかし、友人も相手のことは知らず、ただ忘れなさいとビョルンに言います。母の存在が常にビョルンに暗い影を落としていました。その存在と向き合うためビョルンは、母の資料を取り寄せます。そこには遺体発見時のことも生々しく描写されていました。

ビョルンの抱えた闇は結婚して子供ができても埋まらず、父親として娘と向き合うこともできずにいました。

ビョルンの娘、ロビン・ロマンは少しづつ父(ビョルン)が心の扉を開け語ってくれるようになったと言い、信頼できる父親か母親がいればあそこまで傷つかなかったのではないか、と言います。

更に娘なら誰もが望むように、私を愛し一緒に遊ぶ父親であって欲しかったとも言います。

『ベニスに死す』以降ビョルンは“世界で一番美しい少年”であることの苦悩を抱えていました。ビョルンは性的象徴であり、オブジェであり、連れ歩くとクールな飾りでしかなかった、そのことに、当時は気づけず流されるままだったというビョルン。

父親になることに不安を感じ、自分のように寂しい思いはさせたくないと思いつつも自身の弱さに負け、アルコールに依存してしまいます。

ある日ビョルンは疲れ果て眠っていました。妻と娘は出かけ、その横には生まれたばかりの息子エルヴィンがいました。

悲鳴で目を覚ますと、妻がエルヴィンを抱き抱えており、その唇は真っ青になっていました。何とか生き返らせようとしましたがかなわず。

医者の診断では病名が言い渡されましたが、ビョルンは“愛情の欠如”だと言います。そしてビョルンは自滅の一途をたどります。

現在のビョルンは何もかも失い、それでもいいと思えるようになったと言います。

娘のロビンは結果としての父の性格は受け入れるが、オーディションでの不安そうな父の様子を見ると胸が痛むと言います。

時を遡って祖母に言いたい、「やめて自由にしてあげて、子供になんてことをするの」と。

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映画『世界で一番美しい少年』の感想と評価


(C)Mantaray Film AB, Sveriges Television AB, ZDF/ARTE, Jonas Gardell Produktion, 2021

ルキノ・ビスコンティに見出され、『ベニスに死す』(1971)でタジオ役を演じ、“世界で一番美しい少年”と称されたビョルン・アンドレセン。

オーディションでの彼の様子は本当に何も知らない純粋無垢な顔で、服を脱ぐように指示され戸惑いながらも笑う姿。その姿が印象的なだけに後の彼を取り巻く環境の変化、彼の破滅への道を見ていくと胸が苦しくなります。

ジュディ 虹の彼方に』(2020)で伝記映画として描かれたジュディ・ガーランドは、子役時代周りの大人によって薬漬けにされ、生涯不眠症、不安神経症、アルコールや薬物の深刻な問題を抱えることになります。

本作でもそのような自分を守る術のない少年が大人によって本人が知らないうちに搾取され、気づけば生涯消えることのない大きな闇を抱えてしまっている残酷さが浮き彫りになっています。

ルキノ・ビスコンティにとってビョルンは映画に必要な存在でした。しかし、彼の人生、彼のその後については誰も考えませんでした。誰も彼のこころのケアはしなかったのです。ビョルンが自身で判断するにはあまりに幼く、無力でした。

現在の彼の恋人や、娘は彼が体験してきたことに対し、怒り、悲しみます。しかし同じ家族であり、ビョルンを守るべき存在であった祖母は、ビョルンが話題になることの方が大事だったのです。

このような搾取は問題視され、現状改善されてきてはいるでしょう。けれども現代においても芸能人をはじめとした人々の搾取、彼らも同じ人間であるという認識が欠け、彼らを消費してしまっている私たちがいるのではないかと考えさせられます。

映画界にはびこる問題を浮き彫りにしている本作ですが、それだけではなくビョルン・アンドレセン自身のパーソナルな闇についても本人が向かい合い、再生していく姿を映し出します。

確かに彼の人生が大きく変わった転換期は『ベニスに死す』に出演したことだったかもしれませんが、それが全ての原因であったわけではありません。幼少期に母が失踪したこと、その真相については触れてはいけないものになっていました。

母の愛も、父の愛も知らずに育ったビョルンには常に暗い影が付き纏い、自身が結婚し、父親となることに対しても不安を感じてしまいます。結果酒に溺れ、ビョルンは娘に寂しい思いをさせてしまいます。

年老いた今、母の失踪について向き合い、過去の弱さから酒に逃げてしまった自分、そして娘と向き合う姿は、“世界で一番美しい少年”ではなく、ビョルン・アンドレセンという一人の人間の姿でした。

まとめ


(C)Mantaray Film AB, Sveriges Television AB, ZDF/ARTE, Jonas Gardell Produktion, 2021

『ベニスに死す』のワールド・プレミアで、ルキノ・ヴィスコンティがビョルン・アンドレセンを“世界で一番美しい少年”と宣言してから50年。

今初めて明かされるビョルン・アンドレセンのルキノ・ヴィスコンティと出会い、カンヌ国際映画祭での狂騒、日本へ来日した際のファンの熱狂ぶりなど、なすすべもなく狂乱の渦に巻き込まれていった少年時代、そしてつきまとう苦悩と自身の抱える闇戦いの日々を豊富なアーカイブ映像で辿ります。

非常にパーソナルな一人の人間の軌跡であり、映画界の子役の搾取を浮き彫りにしたドキュメンタリーでもある映画になっています。





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