連載コラム『増田健の映画屋ジョンと呼んでくれ!』第12回
変わった映画や掘り出し物の映画を見たいあなたに、独断と偏見で様々な映画を紹介する『増田健の映画屋ジョンと呼んでくれ!』。
第12回で紹介するのは、ある残虐な1シーンが話題となったスラッシャー映画『テリファー』 。
凄惨なゴア描写が話題になった本作。2022年に続編が米国で公開されるとその内容はパワーアップし失神&嘔吐者続出、最凶のホラー映画シリーズが誕生した、と全世界のホラー映画ファンを騒然とさせました。
それでは『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』(2017)の”ペニー・ワイズ”より恐ろしいピエロの登場する映画を紹介しましょう。
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映画『テリファー』の作品情報
(C)Dark Age Cinema,LLC
【製作】
2016年(アメリカ映画)
【原題】
Terrifier
【監督・脚本・製作・編集】
ダミアン・レオーネ
【キャスト】
ジェナ・カネル、キャサリン・コーコラン、サマンサ・スカフィディ、デヴィッド・ハワード・ソーントン
【作品概要】
ハロウィン・パーティの帰りに不気味なピエロ姿の男に遭遇した女性が、想像を絶する恐怖に遭遇する姿を描いた残虐シーンが評判のスプラッター映画。
特殊メイクなどの分野で活躍し『マミーVSフランケンシュタイン』(2015)を監督したダミアン・レオーネが、『グラインドハウス』(2007)のような荒れた画面で描いた短編スラッシャー映画『Terrifier』(2011)を、自ら長編映画化した作品です。
出演は『バイバイマン』(2017)のジェナ・カネルに、トロマ映画『Return to Nuke ‘Em High Volume 1(「悪魔の毒々ハイスクール」新作シリーズ)』(2013)・『Return to Return to Nuke ‘Em High Aka Vol. 2』(2017)のキャサリン・コーコラン。
ブラックコメディのスラッシャー映画『Demon Hole』に主演したサマンサ・スカフィディ、そしてバットマンの相棒ナイトウィングが主人公のウェブドラマ『Nightwing: Escalation』(2011)でジョーカーを怪演したデヴィッド・ハワード・ソーントンが殺人ピエロを演じます。
ダミアン・レオーネが監督した『テリファー2』には、この4名が同じ役でクレジットされています。あらすじネタバレをお読み頂くと。中には「なぜ続編に出演できるの?」という人物もいるようです…。
映画『テリファー』のあらすじとネタバレ
(C)Dark Age Cinema,LLC
テレビのトークショーで司会者のモニカが、”マイルズ大虐殺”と呼ばれる1年前の大量殺人事件の生存者の女性を紹介していました。その女性の顔は無残な姿に変貌していました。
犯人の”アートなピエロ(Art the Clown)”は死亡したはずです。しかし事件の翌朝、ピエロの死体は検死事務所から消えたとモニカが指摘すると。私は確かにピエロが死ぬのを見た、と証言する女性。
その放送をどこかで見ている男の姿がありました。彼は自らの顔にピエロのメイクを施し衣装を身につけ、そして様々な凶器を用意していました。
番組のキャスター・モニカが、事件の被害者をゲストに呼んだのは視聴率稼ぎが目的でした。放送終了後、控室にいたモニカは彼女の顔に嫌悪感を覚えたと電話の相手に語り、もし私があんな顔になったら安楽死させて欲しいと言い放ちます。
突然、その控室にあのゲストの女が現れます。彼女は素手でモニカの目をえぐります。モニカの顔を容赦なく破壊すると、うつろな笑い声をあげる、”マイルズ大虐殺”を生き残った女性…。
…その日はハロウィンでした。ハロウィン・パーティーに参加したタラ(ジェナ・カネル)とドーン(キャサリン・コーコラン)は帰宅しようと夜道を歩いていました。
ハメを外し酔ったドーンに付き添うタラは自分たちを見つめる、重そうな黒いゴミ袋を背負った不気味なピエロ姿の男(デヴィッド・ハワード・ソーントン)に気付きます。それをドーンに教えますが、次の瞬間にピエロは姿を消していました。
酔いを醒まそうとドーンとピザ店に入ったタラは、自分のスマホのバッテリーが切れたと気付きます。
同じ店に先程のピエロが入ってきました。近くの席に座り、無言でタラにおどけた表情を見せるピエロ。しかしタラは彼に不気味なものを感じていました。
しかしピエロに気付いたドーンは、タラが止めるのも聞かずピエロに近寄ります。言葉を発しないピエロに絡み出し、スマホで彼との2ショットを撮影するドーン。
ピエロは店員が注文を取りにきても一言も発しません。ピエロがガチャポンの景品の指輪をタラに差し出すと、ウケたのかドーンは大喜びしますがタラには迷惑な行為でした。
そしてピザ店のトイレを汚したピエロは、怒った店員に店から叩き出されます。食事を終えたタラとドーンは、自分たちの車がパンクしている事に気付きます。
やむなくドーンのスマホを借りて、姉のビクトリア(サマンサ・スカフィディ)に迎えに来て欲しいと頼んだタラ。
2人は車の中で迎えを待ちます。タラはあのピエロがパンクさせたのではと疑いますが、ドーンは気にもとめません。
その頃ピザ店ではトイレの掃除を終えた店員が厨房に戻ると、ハロウィンのランタンのように悪趣味に手を加えられた、切断された同僚の首を目撃して驚きます。その傍らにはあのピエロがいました。逃げ出した店員は凶器を手にしたピエロに襲われます。
トイレに行きたくなったタラは、近くの古びた建物で作業をしていた害虫駆除業者のマイクに頼んでトイレを借りました。車内に残っていたドーンは、ラジオのニュース速報で先程のピザ店で2人殺害されたと知りました。
ドーンは容疑者が細見の黒いゴミ袋を持ったピエロ姿の男と聞き動揺します。その彼女の車にいつの間にか乗り込み、気付いたドーンに不気味な笑顔を見せたピエロ。
用を足したタラは、建物の中で奇妙な声を聞き倉庫に入りました。気のせいかと思った彼女の前に、人形を我が子エミリーと信じて抱いている言動のおかしな女性が現れます。気味悪くなったタラは、一刻も早く建物から出ようと歩き出します。
突然、彼女の目の前にメスを手にしたあの不気味なピエロが静止した姿で現れます。思わず息をのんだタラは、ピエロが向かって来ると慌てて逃げ出しました。
駐車場に逃げ込み車の影に身を隠すタラ。そこにゆっくりとピエロが姿を現しました。ピエロは一言も発さずに、ゆっくりと1台ずつ車の中を探し始めます。
何とかピエロをやり過ごした彼女は、勇気を振り絞って脱出を決意しました。動き出そうとした瞬間、ピエロにメスで足を刺されたタラ。
ピエロは彼女に馬乗りになって首を絞め、目をえぐり出そうとします。タラはピエロが落としたメスを拾い、相手の体に突き刺して逃げました。
しかし倉庫から出れません。やむなくタラは物言わぬピエロの注意をそらし、傷の痛みに耐えながら隠れます。
同じ頃彼女の姉ビクトリアは迎えの車を走らせていました。ラジオでピエロがマイルズ郡で起こした殺人事件と、警察から外出を控えるようにとの呼びかけを聞いて動揺するビクトリア。
タラはようやく倉庫から出ましたが、あちらこちらの扉が閉鎖され彼女は建物から逃れられません。害虫駆除業者のマイクの姿を見た彼女は助けを求めますがその時ピエロに捕まります。
彼女の口をふさいだピエロは首筋に注射器を突き立てます。そして、意識を失ってしまうタラ。
意識を取り戻したタラは、椅子に縛り付けられ口をテープでふさがれていると気付きます。目の前にはシートが下がっており、近くには凶器を物色するピエロの姿がありました。
何も語らず、不気味な笑顔を見せたピエロは手にした凶器でタラを殴ろうとします。その脅しに飽きたピエロは次にノコギリを手にします。
悲鳴を上げ、もがくタラの喉にノゴギリを当てるピエロ。しかし彼は何もせずに彼女から離れました。
ピエロはタラの目の前にあるシートを剥ぎ取ります。そこには天井から両足を開いて吊るされた、半裸のドーンの姿がありました。悲鳴を上げて激しくもがくタラとドーン。
ピエロは無言のままドーンの下着を剥ぎ取り、ドーンを股間から切断し始めます。ノゴギリは下へと進み…彼女の体は縦に切断されていきました。
激しくもがいたタラは、イスのひじ掛けを壊し拘束を解きました。それ気付き寄ってくるピエロを殴り、その背中に彼が用意したナイフを突き立てたタラは、無残なドーンの遺体を残して逃げ出します。
タラは手頃な板を手にして身を隠し、刃物を手にして現れたピエロを板で激しく殴打します。無様に倒れたピエロに叫んで挑発するタラ。
するとピエロは隠し持っていた拳銃を発砲し、それはタラの太ももに命中しました。彼女は倒れ悲鳴を上げました。
その悲鳴は、あの人形を抱いた女性が聞いていました。我が子と信じる人形に何でもない、風が吹いただけだ。安心するようにと話しかける女性。
苦痛に耐えつつ這って逃げようとするタラの前に立ったピエロは、何も語らず彼女の腹を撃ちました。そして銃を彼女の顔に向け引き金を引きます。乾いた発砲音が響き渡りました…。
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映画『テリファー』の感想と評価
(C)Dark Age Cinema,LLC
極めて凶悪なシーンが話題になり、物議を呼んだ作品です、どのシーンなのか、もうお判りですね。
こういうシーンが苦手な人は絶対見てはいけない映画です。そんな人に無理やり見せたらもはや犯罪行為だ、と警告しておきましょう。
一方でこの映画が気に入った方も、全米で物議を呼んだ『テリファー2』を観る前に予習したい方も多いはず。そんな方のために本作を解説していきましょう。
残酷シーンがあまりにも強烈な本作。それもそのはず、監督のダミアン・レオーネは特殊メイクのスタッフとして活躍している人物。『テリファー』でも特殊効果でクレジットされています。
本作公開時のインタビューに、「私は22年ほど前からメイクで楽しんでいます」と語った監督。別のインタビューでは尊敬するホラー映画界で活躍する人物に、特殊メイクアーティストのトム・サヴィーニの名を最初に挙げました。
「あらゆるジャンルの数え切れないアーティストから影響を受けましたが、映画製作の魔法を最初に見せてくれたサヴィーニには、本当に感謝しています」と話しています。
「メイクは、私が映画製作という魔法に出会った方法です。でも、私は最終的には映画を監督することが好きなのです」。そして彼は2008年、『The 9th Circle』という短編映画を監督します。
この11分の映画は悪魔崇拝の儀式の場でしょうか?オカルト的な世界に迷い込む女性の物語です。そして彼女を異様な世界に誘う存在が、『テリファー』と同じメイクをしたピエロ”Art the Clown”でした。
監督が大切に育てた「殺人ピエロ」
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レオーネ監督はこの短編映画の次に、2011年に本作と同じタイトルを持つ20分の短編映画『Terrifier(恐怖を抱かせる人や物)』を製作します。前作で狂言回し的存在だった”Art the Clown”は、犠牲者を切り刻む殺人鬼へと成長(?)を遂げました。
凶悪だがブラックな笑いをもたらし、少し哀愁すら感じさせる殺人ピエロの姿。監督はこのピエロから哀愁を引き出す意図は無かったが、彼の残忍でひねくれた性格と微妙なコメディの要素は最初から意図したものだと話しています。
「私は『バタリアン』(1985)や『死霊のはらわた2』(1987)のようなコメディ・ホラーの大ファンですが、自分の映画にそれと同じスタイルを望んでいません」
「本作のコメディー要素は、(物語の展開からではなく)ピエロのキャラクター自身から生まれています。彼は最初から病的なユーモアセンスの持ち主で、観客が言葉を失うような凄惨な暴力を振るった直後に、表情やジェスチャーでコミカルな姿を見せるようにしました」
「これには2つの効果があります。観客に緊張をほぐす時間を与え、同時にピエロは被害者を犠牲にする事を心底楽しんでいると理解させ、”Art the Clown”の異常性を際立たせることが出来るのです」と監督は説明しています。
短編映画『Terrifier』を作る事で、長編映画化の製作費を集めたいと考えたレオーネ監督。残念ながらその願いは叶いませんでした。
しかしこの作品をYouTubeで観たプロダクションが、オムニバスホラー映画の1本にこの作品をぜひ使いたいと申し出ます。こうして誕生したのが、ハロウィンを題材にしたホラー映画『All Hallows’ Eve』(2013)です。
「本来なら3人の異なる監督が製作した作品で構成したオムニバスになるはずでしたが、プロデューサーは全ての作品を私に任せ、過去の短編映画を組み込むことも快く許可してくれました」と説明した監督。
この作品には『The 9th Circle』『Terrifier』の映像が使用され、恐ろしいピエロが全編に登場します。そして”Art the Clown”はその存在をホラー映画ファンにアピールしました。
監督はインタビューでこう語っています。「この時点まで、”Art the Clown”の可能性を十分に発揮できたとは感じていなかったです。全ての作品を合わせてもピエロが登場したのは20分程度。出番が少ないというのに、ピエロはホラー映画ファンの心に響いていると感じました」
「このような好評を得た以上、“Art the Clown”だけに焦点を当てた長編映画の製作は必然だったのでしょう」。レオーネ監督は当時をこう振り返っています。
そして、残虐の限りを尽くす殺人ピエロが全編で活躍する、今回ご紹介した映画『テリファー』が2016年に公開されました。
映画に漂う不快感の正体とは
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「スラッシャー映画を見る人は恐怖を感じたい、狂気の殺人者ができるだけ多くの人を殺す姿を見たいのでしょう」と語るレオーネ監督。「この『テリファー』は、悪役が主役のスラッシャー映画のラスト15分みたいな感じにしたいと思いました」
その言葉通り本作の冒頭から登場した殺人ピエロは、その後全編に渡り「大活躍」します。「調べたわけではありませんが、本作の”Art the Clown”は、どのモダン・スラッシャー映画の殺人鬼より画面に登場する時間が長い可能性があると思います」
一方でその正体も彼が凶行を繰り返す理由も、”あのようなラスト”を迎えた理由も謎に包まれたままです。「”Art the Clown”の人物像は謎ですが、今の時点では曖昧にしておきたかったんです」と監督は語りました。
「正体を知り過ぎない方が、気持ち悪さが増す気がします。怪物の正体を暴き過ぎると怖くなくなるし、怪物が誕生する過程を知れば何らかのシンパシーを感じると思うんです」
本作で延々と殺人ピエロの声なきパフォーマンスと凶行を見せられ、しかも物語の謎は解決しない展開に不満の方もいるでしょう。しかしそれは監督が狙って生み出した展開でした。さらに彼はこのように語っています。
「私は根っからのスラッシャー映画ファンなので、世界中のスラッシャー映画ファンたちが最も楽しむ要素を理解していると思いたいです」
「おそらく『スクリーム』(1996)を除き、ほぼ全てののスラッシャー映画の最も弱い面は、上映時間の大部分でナンセンスな事を話すステレオタイプのキャラクターです。私はそれを可能な限り排除または短縮し、映画の核心に迫りたいと思いました」
実は本作に対して、公開時に厳しい声も寄せられていました。残虐シーンを並べただけの映画だ。そもそもあのピエロは何者?、ラストは意味不明だ…。私も本作のホラー映画の定石を破る展開の数々に困惑を覚えました。
ひょっとしてホラー映画を知らない人物が、ゴアシーンを描きたくて作った映画ではないか。鑑賞途中までそんな感想が頭に浮かびました。中盤を過ぎてようやく、この監督は意図してホラー映画のお約束を壊していると気付いたのです。
全て監督の狙い通りに作られていた、という事実が過去のインタビューから確認できました。しかしこの試みは本作公開時には、ホラー映画ファンにも理解し難いものだったのでしょう。
そして、2022年に公開された続編『テリファー2』は予想外の興行的大成功を収め話題を呼び、同時にネットの情報を信じるなら「全米で嘔吐者・失神者続出」という”成果”を収めます。
ダミアン・レオーネ監督が2008年の短編映画に登場させて以来、大切に育ててきた殺人ピエロ”Art the Clown”。本作で好事家の心を掴んだものの、広く認知され支持されるに至りません。
しかし『テリファー2』は大ヒットを記録します。殺人ピエロが支持される時代が到来した、ついに時代が本シリーズに追いついたと評して良いでしょう。
もっとも、「嘔吐者・失神者続出」という多くの”犠牲者”も生みました。果たして『テリファー』と”Art the Clown”を成功を収めたホラーシリーズだ、ホラー映画界に新たな顔となる凶悪キャラが誕生した、と判断して良いのでしょうか?
まとめ
(C)Dark Age Cinema,LLC
続編『テリファー2』がホラー映画ファン層以外にも話題になり、それも悪趣味要素がクローズアップされ紹介される、近年のホラー映画に無い形で評判になった今、改めて前作の『テリファー』を紹介しました。
ちなみに『テリファー2』の米国での評判を紹介すると「スラッシャー映画で2時間越えとは…」「前作よりグロ度がパワーアップ!」「その代わりエロ度は低くなった」などと言われています。
また監督は「怪物の正体を暴き過ぎると怖くなくなる」と語っていましたが、『テリファー2』では”Art the Clown”の正体について語られ、それに関連して新たなキャラクターが登場するようです…。
それでは今回紹介した『テリファー』がなぜ気味の悪い作品なのか、そして本作を失敗作と評した評論家やホラー映画ファンがいたのか解説しましょう。
スラッシャー映画の魅力ある悪役は、大きく2つのタイプに分けられます。1つは『悪魔のいけにえ』(1974)のレザーフェイス、『ハロウィン』(1978)のブギーマン=マイケル・マイヤーズ、『13日の金曜日』(1980)のジェイソンのような、無表情(マスクを被っていますから)で言葉を発しないキャラクターです。
もう1つは『エルム街の悪夢』(1984)のフレディ、『ヘル・レイザー』(1987)の魔導士ピンヘッド、『チャイルド・プレイ』(1988)のチャッキーのような、やたらお芝居じみた態度で冗舌に語るタイプです。
スラッシャー映画にはこの2つのタイプのいずれかの殺人鬼が登場する、それがこのジャンルのお約束だと多くの方が信じているのではないでしょうか。
ところが『テリファー』の”Art the Clown”は、その両方の特徴を持ったキャラクターです。前者のように言葉を発せず、しかも後者のように表情は豊かで思わせぶりに行動します。
今までに無いスタイルを持つ殺人鬼を目撃し、多くの方が戸惑いを覚えたのでしょう。しかもこのピエロは、多くのホラー映画の殺人鬼ように暗がりに隠れる事も控え目です。彼の行動を普通の人間と変わらぬように描いたシーンも多数あります。
これに違和感や不快感を覚えた方も多いようです。中には「誤った殺人鬼の描き方が、ホラー映画の雰囲気を台無しにしている」と判断した方もいたのでしょう。
この不愉快な感覚も、監督が語った殺人ピエロの「病的なユーモアセンス」が生んだものです。あまり見ぬ描写を目撃した結果、ホラー映画に慣れ親しんだ人ほど困惑したのではないでしょうか。
例えばスラッシャー映画の殺人鬼のくせに、飛び道具を使う「反則シーン」があります。私は思わず笑いましましたが、ユーモアを感じた直後の描写は酸鼻を極めます。根っからのスラッシャー映画ファンのレオーネ監督は、観客の予想の裏をかく達人です。
おそらく話題になった続編『テリファー2』は、グロ描写だけでなく「病的なユーモア」もパワーアップし、狙い通り観客に不快感を与えているのでしょう。
『テリファー2』が公開された2022年は、紹介した『テリファー』が公開された2016年よりもコンプライアンスが重視され、映画の描写に様々な配慮がより必要とされる時代になったはずです。
一方でそんな風潮に息苦しさを感じる方も増加しました。そしてコロナパンデミックとウクライナ紛争を経験した我々は、映画などの描写に注文を付けても過酷な現実をすぐに変える力があるはずも無く、政治的に正しいとされる主張の限界と無力さを見せつけられました。
ジョージ・A・ロメロ監督が生んだ、ゾンビ映画の古典的名作に『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968)があります。
この作品はアメリカ社会にベトナム戦争と公民権運動の暴力が吹き荒れる中、古い道徳的価値観にしがみつく社会や映画界へのアンチテーゼとして誕生し、嫌悪の声を浴びながらも人々に支持される映画になりました。
そして今『テリファー2』も、ダミアン・レオーネ監督が守り育てた”Art the Clown”も、時代へのアンチテーゼとして一部の人々に支持されつつあるのでしょうか?
本作の続編が全米で起こしたとされる反応は、巧妙な煽り宣伝や小さな出来事がネットを通じてで拡大されただけの可能性もあるでしょう。
しかし時代を反映したスラッシャー映画が誕生したのなら、2時間以上嘔吐感に堪えても観るべき映画かもしれません。もっとも、失神したら鑑賞できないのでご注意を。
そして『テリファー2』を観る前の予習として、観る覚悟を決める心の準備として、ご紹介した『テリファー』をご覧ください。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)