連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第114回
世界中にファンが存在するホラーの世界。映画・コミック・小説…多岐にわたる分野の作品が人々を魅了しています。
現在のホラー作品に絶大な影響を与えたモダン・ホラーのパイオニア、「ホラーの帝王」と呼ばれるスティーブン・キング。彼の数多くの小説が映画・ドラマとして映像化されています。
そして、彼の短編小説を原作とする映画が誕生しNetflixで配信されました。それでは、全世界のファンが注目する怪奇な物語『ハリガン氏の電話』を紹介しましょう。
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CONTENTS
映画『ハリガン氏の電話』の作品情報
Netflix映画『ハリガン氏の電話』
【配信】
2022年(アメリカ映画)
【原題】
Mr. Harrigan’s Phone
【原作】
スティーブン・キング
【監督・脚本】
ジョン・リー・ハンコック
【出演】
ジェイデン・マーテル、ドナルド・サザーランド、ジョー・ティペット、カービー・ハウエル=バプティスト、サイラス・アーノルド、コリン・オブライエン、トーマス・フランシス・マーフィ、ペギー・J・スコット
【作品概要】
読書を通じて老人と仲良くなった若者。老人が亡くなると彼は棺の中にスマートフォンを入れました。ある日、学校でのいじめに悩んだ若者は、棺の中の老人に電話をかけます…。
スティーブン・キングの原作小説を、様々なホラー・SF映画を手がけるプロダクション「ブラムハウス」のジェイソン・ブラム、ドラマ『アメリカン・ホラー・ストーリー』(2011~)シリーズやNetflixドラマ『ダーマー』(2022~)のライアン・マーフィーが製作し、『リトル・シングス』(2021)のジョン・リー・ハンコックが監督した作品です。
主演は『ヴィンセントが教えてくれたこと』(2014)の演技が高く評価され、スティーブン・キング原作の『IT イット “それ”が見えたら、終わり。』(2017)、『IT イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』(2019)の主人公の1人、ビル少年を演じたジェイデン・マーテル。
数多くの名作映画に出演し、ホラー・SF・ファンタジー系の出演作にも『赤い影』(1973)、『SF ボディ・スナッチャー』(1978)から『ハンガー・ゲーム』(2012)シリーズまで多数の作品が存在する、ドナルド・サザーランドが共演しました。
映画『ハリガン氏の電話』のあらすじとネタバレ
Netflix映画『ハリガン氏の電話』
キャッスルレイクの岩棚に立ち、湖面を見つめるクレイグ(ジェイデン・マーテル)…。
2003年。メイン州の小さな町ハーロウで少年時代を過ごしているクレイグ(コリン・オブライエン)。母を亡くした彼は父親(ジョー・ティペット)と地元の教会に通っていました。
ある日の礼拝に、ハリガン氏(ドナルド・サザーランド)が遅れてやって来ます。その礼拝で皆の前で聖書の一節を読むクレイグ。
これがまだ幼いクレイグと、州で最も大金持ちの老人ジョン・ハリガンとの出会いでした。なぜハリガン氏は僕を選んだのか、今も疑問に思うとクレイグは振り返ります。
視力が低下し、代わりに本を読む人物を探していたハリガン氏は、クレイグに時給5ドルで仕事を頼みました。申し出を引き受けたクレイグ少年は、1人で彼の屋敷へと歩きました。
あまり愛想の良くない使用人たち、庭師で雑用をこなすピート(トーマス・フランシス・マーフィ)と館を仕切る家政婦のエドナ(ペギー・J・スコット)に迎え入れられるクレイグ。
彼は豪華な広間を通り抜け、ハリガン氏が待つ温室に面した部屋に入ります。そしてクレイグは、D・H・ローレンスの『チャタレイ夫人の恋人』を読み聞かせます。
やがてクレイグは使用人と共に館の雑用もこなすようになります。ある時はディケンズの『ドンビー父子』をハリガン氏のために読みました。
母の死は自分よりも、父に深い悲しみを与えたとクレイグは感じていました。母の死は自分のせいだ、自分は母の死を防げたはずだと考えた、それは子供っぽい考えと自覚していたが、その思いに囚われていたと当時を振り返ります。
ある日館に到着すると、いつもの椅子にハリガン氏の姿がありません。隣の部屋のドアを開けようとして、現れたハリガン氏にとがめられるクレイグ。
クレイグは部屋の中に何があるか尋ねます。「秘密だ、それも酷い秘密が入っている」とハリガン氏は答えます。
老人のためにジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』(映画『地獄の黙示録』(1979)の原作)を読むクレイグ。「恐怖だ、恐怖だ」という言葉の意味を理解できるのか、とハリガン氏に尋ねられ、「多分」と答えるクレイグ少年。
少年にハリガン氏の生活は退屈そうに見えました。金融市場が私を楽しませる、『ドンビー父子』のドンビーは息子に金の真の価値は金額ではない、力で決まると教えようとした、とハリガン氏はクレイグに教えました。
クレイグがネットで検索すると、ハリガンは冷酷で利己的な人物として世間から嫌われていました。未婚で子供も無く、親族とも連絡を絶った孤独な人物だとクレイグは知ります。
ある日ハリガン氏から宝くじを送られたクレイグ。父親は亡くなった母さんは宝くじもギャンブルの一種と考え嫌っていた、母さんが「墓で失望する」と語りいい顔をしません。
それ以降、ハリガン氏から年に4回宝くじが送られたと語るクレイグ。ハズレくじを父に見せたクレイグは、「墓で失望する」という言葉の意味を尋ねます。
古いことわざだ。世間では「埋葬されたら地上の出来事を心配するなと言われている」、と教える父親。
ホレス・マッコイの『彼らは廃馬を撃つ』(シドニー・ポラックの映画『ひとりぼっちの青春』(1969)の原作)をハリガン氏のために読むクレイグは、もう青年になっていました。
少年時代に理解出来なかった小説の内容にも、自分なりの意見が持てるようになります。『彼らは廃馬を撃つ』のタイトルの意味が判るようになった語るクレイグに、「死という贈り物の意味だ」と告げるハリガン。
週3回、5年間ハリガン氏の元に通い続け、休んだのは1回だけと振り返るクレイグ。自分の訪問は老人の楽しみになっている、とも感じていたと振り返ります。
ハーロウの子供たちは皆同じ高校に通います。クレイグはビリーやマージーら同学年の仲間と共に、スクールバスで高校に向かいました。高校は刑務所だ、なめられず目立たず過ごせ。それが新入生のクレイグたちへのアドバイスでした。
大きな町の新たな顔ぶれの学友に接し、世界が広がったと感じるクレイグ。人気者の生徒たちはスマホを手から離しません。
中にはやっかい者の学生もいます。問題児のケニー(サイラス・アーノルド)に目を付けられたクレイグはいじめのターゲットになりますが、女教師のハート(カービー・ハウエル=バプティスト)の助けで事なきを得ます。
しかし恥をかかされたと感じたケニーは、彼に恨みを抱いたようです。高校生活に不安を覚えるクレイグは、それを父親に話せずにいました。
クレイグはハリガン氏に、社会主義者として活動したアプトン・シンクレアの著作『ジャングル』を読みました。社会主義に縁の無い富豪のハリガンは、彼に生き残るために競争に勝ち、1番になるために大胆になれと助言します。
冷酷になれ、必要な物は人に頼まず要求しろ。そう告げた老人に、今まで誰かにいじめられたり利用された事はあるかと尋ねるクレイグ。
毎日経験していると答えたハリガン氏に、彼は対処法を聞きました。「容赦しない」、それが老人の答えでした。
その年のクリスマス、クレイグにまたハリガン氏から宝くじが送られます。今回は3000ドルの当たりくじでした。そして父からのプレゼントは、彼が欲しいと望んだスマートフォンです。
彼がそれで最初に電話した相手はハリガン氏です。宝くじ当選の礼を告げるクレイグですが、ハリガンは早々に電話を切りました。
新学期、スマホに夢中な高校の人気者たちと同じテーブルに座り、気になる女生徒レジーナと仲良くなろうとするクレイグ。やがて彼の仲間たちもスマホを手に入れます。
ある日、ハリガンは帰ろうとするクレイグを呼び止めました。昔の約束を守り今も館に来る彼に感謝しつつ、なぜ通い続けるのだと理由を尋ねるハリガン氏。
他に興味のある事は沢山あるのに、なぜ週3回も通ってくれる。そう聞かれたクレイグは楽しいから、本の臭いも語り合う事も、音読するのも好きだ。自分の意志で通っていると答えます。
その夜、父に宝くじの当選金の一部を使うと告げたクレイグはスマートフォンを買って、ハリガン氏に渡しました。しかし老人は受け取ろうとしません。
「人が物を所有するのではない、物が人を所有する」、と主張するハリガン氏。彼はテレビやラジオを持たずに暮らしています。
しかしスマホを使えば、老人がいつも気にする株式市場もリアルタイムで見れるとクレイグは言いました。新聞や雑誌の記事もより早く読める、と教えるとハリガン氏はその有用性を素直に認めました。
読み聞かせの前に老人にスマホの使い方を教えるようになったクレイグ。ユーザー名は新聞に付けられた悪いあだ名”海賊王”で登録したハリガン氏。
クレイグは互いが電話をかけた時の着信音を、老人が好きなカントリーミュージック『スタンド・バイ・ユア・マン』(タミー・ワイネットが1968年に発表した曲)に設定しました。
スマホがもたらす快適な環境に満足しているかに見えたハリガン氏は、本来有料の記事が無料でスマホで読める、これは私が成功したビジネスの手法に反すると言い出します。
インターネットが情報をバラ撒く理由は何だ、とクレイグに問う老人。最初は無料のゲームのような客寄せと答えたクレイグに、ハリガンは今のネットの状態は客寄せではなく、ユーザーを中毒に引き込む入口の薬物だと言いました。
スマホは使い手の要求を知り情報を提供する、間違った情報も事実として世間に広まる。ジャーナリストや政治家、皆がこの事態を恐れるべきだと主張するハリガン。
学校で気になる女生徒レジーナとスマホでメッセージをやり取りするクレイグ。その彼に厄介者のケニーが絡んできます。
ある日ハリガン氏にドストエフスキーの『罪と罰』を読み聞かせたクレイグは、なぜハーロウの町に住んでいるのか尋ねます。私は他人も、他人から質問される事も嫌いだと老人は答えました。
だから誰からも質問されない場所を選んで移り住んだ、と答えるハリガン。クレイグに都会に住みたいか聞いた後、彼は一つ約束してくれと言います。
それは君が敵に出会ったら急いで片付けろ、罪悪感を感じる必要は無い、というものです。強い調子で約束しろ、と迫るハリガンに圧倒され、約束すると口にするクレイグ。
ハリガン氏は怖く刺激的で危険でもあった、でも同時に彼は友達だとクレイグは振り返ります。老人の友人は決して多くないとクレイグは気付いていました。
いつものようにハリガン邸を訪れたクレイグは、椅子に腰かけ意識の無い老人を目にします。近づいた時ハリガンからの電話の着信音が響いて、彼は驚きます。
ハリガンの指が手にしたスマホの画面に触れたのでしょうか。クレイグが体をゆすり声をかけても反応しません。ハリガン氏は死んだと悟るクレイグ。
その日は使用人が休みの日でした。クレイグは父に電話をかけ、どうすべきか尋ねます。そして彼はハリガン氏の亡骸に、ディケンズの『二都物語』を読み聞かせます。
駆け付けた救急隊員たちに後を託すと、クレイグは家に帰りました。そして誤ってハリガン氏のスマホを持ってきたと気付きます。クレイグは彼のスマホに「あなたとの午後を恋しく思う」とメッセージを送ります。
教会で行われたつつましいハリガン氏の葬儀で、クレイグは弔辞を読みます。そして最後の別れををする人々の列の最後尾に並んだクレイグ。
誰もいないと確認すると、ハリガン氏のスーツのポケットに彼のスマホを忍び込ませたクレイグ。棺は彼の母の墓の近くに埋葬されました。
葬儀が終わった時、クレイグはハリガンの会計担当の男から、彼が2ヶ月前にクレイグに宛てに書いた手紙を渡されます。
そこにはハリガン老人がクレイグに、80万ドルの信託財産を遺したと記してありました。大学に通い好きな事業を始めるには充分な額だ、お勧めしないが君が望むなら脚本家を目指しても良い、と書いたハリガン氏。
「映画は一時的なものだが、良書は永遠かそれに近い、今後も良書は出版される」とも記したハリガン。遺言の最後はこう結ばれていました。「PS.私もあなたとの午後を恋しく思う。」
自分が最後に老人に送ったメールを思い出し、顔色を変えるクレイグ。その夜、彼はハリガン氏のスマホに電話をかけますが、当然留守電になり「適切と判断すれば折り返し連絡します」とハリガンが吹き込んだメッセージが流れます。
留守電に「お金は感謝するが、あなたが帰ってくるならお返しする」とメッセージを吹き込むクレイグ。窓の外には雷鳴が響いていました…。
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映画『ハリガン氏の電話』の感想と評価
Netflix映画『ハリガン氏の電話』
いわゆるホラー映画の派手な死や恐怖を期待した方は、肩透かしをくらった気分になるかもしれません。本作の前半はホラー要素が全くない、老人と若者の交流が丁寧に描かれ展開します。
そして後半に物語は大きく動きます。。この映画は誰が悪役なのでしょうか。超自然的な力を持つハリガン氏?思わず復讐を願ってしまった主人公クレイグ?それとも…。
しかしホラーの枠に収まらないキング作品と、それが原作の映像作品を知る方には納得の展開です。他人との交流を通じて変化する主人公。それが老人と若者の組み合わせなら、『ゴールデンボーイ』(1998)や『アトランティスのこころ』(2001)などが思い浮かびます。
年の離れた老人と少年が友情のような感情を抱く。しかし『ゴールデンボーイ』の老人は少年に悪しき影響を、『アトランティスのこころ』の老人は少年に良き影響を与えました。では、本作のハリガン氏とクレイグ少年の関係はどうでしょうか。
本作を鑑賞した方は、クレイグにとってハリガン氏はどんな存在であったのか、ハリガン氏にどんな思惑があったのか。棺の中のハリガン氏は死をもたらす存在であったのか、だとすればそれは彼の望む行為だったのか。これらを観客自身が考えねばなりません。
モダンホラーは、(従来の怪奇小説と異なり)現代社会や人間の闇の部分がもたらす恐怖を描くもの、と定義されています。キング作品で学校での「いじめ」は恐怖の対象として度々登場しました。
しかし本作に登場するケニーの「いじめ」は比較的あっさり描かれ、激しい憎悪を抱き復讐する対象としてはやや物足りない人物として描いた本作。
『ハリガン氏の電話』を「いじめ」を題材にした作品だと想像した方にも、意外な展開に思えたはずです。
本作が描く恐怖とは何でしょうか。それは答えの無い謎を抱いてしまう恐怖です。おそらくその謎に、今後も支配され続ける恐怖。そんな思いを抱く経験をする事を、人は「成長」と呼ぶのでしょう。
愛する人を失った喪失感は、年を経ても変わらない
Netflix映画『ハリガン氏の電話』
ジェイソン・ブラムから電話で、「『ハリガン氏の電話』を映画化を多くのプロダクションが狙ってる。ウチも手を上げるが、監督と脚本をやらないか?」と誘われたと語るジョン・リー・ハンコック。
原作を読んだ彼はスティーブン・キングに手紙を書きます。「難しい脚色になりますが、この作品には私を魅了するテーマあります。それは子供時代の思い出です」。
これをメールで送ると15分後にキングから、「優しい言葉をありがとう」との返事が入ります。以降彼と頻繁にメールや電話をするようになった、と監督はインダビューで明かしています。
ハンコック監督は、クレイグとハリソン氏について語っています。「私たちは全く違う人生を歩み、全く好みの異なる人たちが、仲良くなる方法を見つける光景を楽しんでいるのだと思います」。
「痛みと喪失に年齢は関係ありません。もしあなたが8歳で母親を失ったなら、80代になっても痛みや喪失感を味わっているでしょう。この悲しみを共有したことが、クレイグとハリソン氏の人生に影を落としているのです」。
「80代の老人には可愛げのあるイメージがあると思います。でも、ハリソン氏はとても頑固で愚か者を相手にせず、30代の男と同様に”おまえを雇ったのは仕事だからだ、やってみろ”という態度で少年に接するのが良い。異質な者同士が心を通わせる姿は、いつの時代も良いものです」。
本作ではスマートフォンが重要なテーマになっています。「キングは本作のスマートフォンの扱いについて、2007年に発売された”iPhone 1″に代表される、いわば原罪の時代にしたいと言っていたように思います」。
「キングはスマホがどう世界を変えたか、本作で確認したのです。でも、若い人たちが一日中スマホとにらめっこしている姿を批判的に描く、単なる反テクノロジーの主張では無いのも事実です」。
「その代わり、スマホには中毒性があると書きました。邸宅で1人で暮らす80代の億万長者に与え、どれだけ早く彼がスマホ中毒になる姿を見せました。テクノロジーは良くも悪くもある存在で、他の物と同様に使い方次第なのでしょう」。
しかし劇中で中毒になったハリガン氏は「この事態を恐れるべきだ」と語っています。
そして本作の登場人物クレイグとハリガン氏も、善でも悪でもない存在として描かれました。
もはや幸せになれない主人公と、もはや幸せになれない現代人
Netflix映画『ハリガン氏の電話』
ハリソン氏を世間から見た印象は守銭奴の悪人でしょう。実際に人々から恨まれ、人を死に至らしめる行為をしたと劇中で示されています。
しかしクレイグも悪だ、と別のインタビューで語った監督。「クレイグは多くの点で、彼自身の悪役です」「彼は多くの悪い決断を下し、自分でもよく理解せず”力”を否定的な形で利用します」。
「彼に悪意はありません、自分の怒りに身を任せ、そこから学んでいくのです。彼は善人であり悪人である、その事実に苦しんでいるのです」。
そんなクレイグにとって、ハリガン氏は神のような存在でもあり、悪魔のような存在です。彼の善なる部分と悪なる部分、そして自分と共通する部分に気付き、クレイグは成長を遂げました。
本作に相応しいロケ地を探し、様々な豪邸を見学したハンコック監督。そして本作の撮影に使用した邸宅を見つけます。「怖いお化け屋敷のような感じではない。美しい建物だが何かがちょっと違う。そういう意味で気に入りました」。
「そして(劇中に登場する)温室を見つけ、これだ!と思いました。ハリガン氏をここに座らせ逆光にすると、神か悪魔かどちらかのように見える。そこにドナルド・サザーランドが座る姿は、実に堂々としていました」。
そして監督はラストシーンと、主人公のその後について見解を述べています。「クレイグは二度と邪悪な誘惑にかられぬよう、自分自身を戒めスマホを投げ捨てます」。
しかし映画の観客はクレイグが知らない、2人の人物の死に様を目撃しています。彼らの死は事故ではなく、なにかの因縁が存在します。
「観客はクレイグが知らない事実を知っています。主人公が真実に追いつく前に先回りしているんです。そして少しずつ妄想が膨らみ、2人目の人物が死んだ時には、クレイグは真実を知るべきだと悟ります」。
スマホを捨ててもクレイグは重荷から解放されません。「電話を捨てた時に(死の真相を永遠に知りえないと悟って)自分の苦悩は永久に捨てられないと自覚したのでしょう」と説明しています。
「彼が岩棚からよろめきながら立ち去る時の表情は、今後この問題に一生悩まされ続けることを物語っています。この件は、彼が常に抱えねばならぬ問題の1つになったと思います」。
クレイグにとって自分が原因と思える死の記憶は、21世紀を生きる私たちにとってのスマホの中毒性と同様に、一生付きまとう重荷になるのでしょう。
まとめ
Netflix映画『ハリガン氏の電話』
キング作品お馴染みの「学校でのいじめ」「老人と少年の交流」を描いた『ハリガン氏の電話』。しかし本作は従来の作品とは少し味わいが異なります。
そして小説家スティーブン・キングからの、世界を席巻した携帯・ネット文化への風刺。単純に否定はしないが、もはや携帯は人類が逃れることが出来ない「モダンホラー(現代社会の恐怖)」になったとのメッセージが込められていました。
ちなみに本作で描いたのは冒頭が2003年、2008年、そして2012年です。時間の経過と共にネットが、スマホが普及し人々の生活を支配する様が描かれています。この描写に誰もが納得するでしょう。
さてキングが世界に広めたモダンホラーにはもう1つの特徴、「映画やテレビなど映像文化に影響を受けた作者による緻密な描写」があります。ご存じの通りキングはB級映画の大ファンです。
例えば有名な『ミザリー』(1990)。キャシー・ベイツがアカデミー賞が受賞した有名な作品ですが、これには元となった作品、『ロザリー 残酷な美少女』(1972)というテレビ映画がありました。
セールスマンの男に恋した少女。演じるのはボニー・ベデリア、映画『ひとりぼっちの青春』に出演し注目を集め、キング原作作品を含む多数の映画・ドラマに出演している女優です。
ロザリーは愛するセールスマンと離れたくないあまり、彼の足の骨を折って監禁します…。これは将に『ミザリー』の設定そのもの。
盗作だ、と主張している訳ではありません。そもそも『ミザリー』のタイトルこそ、注目されなかったテレビ映画『ロザリー~』へのオマージュでしょう。
今回紹介した『ハリガン氏の電話』にも、インスパイアを与えたと思えるテレビ映画が存在します。それは『シェラ・デ・コブレの幽霊』(1964)です。
死んだ母から電話がかかってくる。地下の納骨堂に安置した母の棺の蓋は開いており、その傍らには電話機がある…という設定の作品です。これは本作のアイデアの源と言えるでしょう。
小説というオールドメディアで活躍するキング。本作でネット文化に批判的な人物と思った方がいるかもしれませんが、彼は2000年に新作をオンラインで出版したり、自作の電子書籍化を進めるなどネット社会に早期に適応した作家の1人です。
時代の変化に順応しつつ、小説という表現を大切にするキング。ハリガン氏に「映画は一時的なものだが、良書は永遠かそれに近い」と語らせてますが、スティーブン・キングのホラー映画への愛情は、「永遠かそれに近い」のでしょう。
なお、本作のいじめっ子の描写が過去作より和らぎ(?)、年を経て丸くなったと思えるキング。一方彼は1999年に危険運転常習者の運転する車にはねられ、障害が残る重傷を負っています。
『ハリガン氏の電話』を見る限り、どうやらキングの危険運転常習者に対する怒り・恨みの感情は、棺の中で眠る老人に電話をかける位に、まだまだ根強いのかもしれません。
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