連載コラム『増田健の映画屋ジョンと呼んでくれ!』第15回
変わった映画や掘り出し物の映画を見たいあなたに、独断と偏見で様々な映画を紹介する『増田健の映画屋ジョンと呼んでくれ!』。
第15回で紹介するのは伝説のカニバリズム映画、ルッジェロ・デオダート監督の『食人族』 。
1980年にイタリアで公開されると激しい拒絶・反対運動が巻き起こり、映画の中で殺人が行われたと追求するスナッフフィルム疑惑、そして動物虐待シーンへの激しい抗議が起き、裁判沙汰にまで発展します。
一方で刺激的な題材を観ようと望む多くの観客が映画館に群がり、中でも1983年に公開された日本では大ヒットを記録しました。
この作品の“4Kリマスター無修正完全版”が、日本公開40周年を記念して2023年5月5日(金・祝)から劇場公開されます。公開に先駆け、モンド映画やフェイクドキュメンタリーを語る際に、今後も必ず紹介されるであろう超問題作を紹介します。
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映画『食人族』の作品情報
(C)F.D.Cinematografica S.r.l.1980
【製作】
1980年(イタリア映画)
【原題】
Cannibal Holocaust
【監督・脚本】
ルッジェロ・デオダート
【キャスト】
ロバート・カーマン、フランチェスカ・チアルディ、ペリー・ピルカネン、ルカ・バルバレスキー、ガブリエル・ヨーク、サルヴァトーレ・ベイジル
【作品概要】
容赦ない残酷描写や悪趣味シーンの数々が与える衝撃が今も衰えない、オリバー・ストーンやクエンティン・タランティーノ、イーライ・ロスらの映画監督に多大な影響を与えた作品。
監督は犯罪アクション映画『バニシング』(1976)のルッジェロ・デオダート。航空パニック映画ブームの際に『コンコルド』(1979)など多様なジャンルの作品を手掛ける、職人監督として活躍した人物です。
モンド映画を生んだイタリアでは当時、様々なドキュメンタリー・タッチの猟奇趣味映画が誕生していました。
同じくB級映画界で活躍した、ウンベルト・レンツィ監督の『怪奇!魔境の裸族』(1973)から影響を受けたデオダート監督は、カニバリズムが題材の秘境冒険映画『カニバル』(1977)を監督します。
この設定を更に発展させたのが、今回紹介する映画『食人族』です。そしてこの映画は公開時いかなる騒動を巻き起こし、やがて映画史に刻まれるジャンル映画ファン必見の作品になりました。
映画『食人族』のあらすじ
(C)F.D.Cinematografica S.r.l.1980
アマゾン川上流にある”グリーン・インフェルノ”と呼ばれる未開の地を訪れた、ドキュメンタリー撮影隊の4人の男女が消息を絶ちました。
ニューヨーク大学のモンロー教授(ロバート・カーマン)は、彼らの行方を求めて案内人と共に現地に向かいました。様々な困難を乗り越え猟奇的な状況に遭遇しながらも、やがて教授は目的地の食人族の集落に到着します。
そこで目撃したのは無残な姿の白骨でした。そして撮影隊の遺品のカメラには、彼らが撮影したフィルムが残されていました。
これを入手したテレビ局の重役たちは、撮影隊が遺したフィルムの放送を検討。その中身の確認を専門化であるモンロー教授に依頼します。
果たして撮影隊のメンバーは何を目撃し、何を撮影していたのでしょうか。そこには目を覆いたくなる、衝撃的な光景が記録されていました。
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映画『食人族』の感想と評価
(C)F.D.Cinematografica S.r.l.1980
本作を始めて鑑賞する方は「どうしてここまで描けるのだ!」と、想像を越えるシーンの数々に言葉を失うはずです。
多くの方は「撮影中に女優を殺害した疑惑で告訴された」「動物愛護団体から訴えられた」などの、『食人族』に関する悪名高い評判をご存じでしょう。
ところが今回本作をご覧になった方は、これを「現実を描いたドキュメンタリー」だとは信じないでしょう。何がヤバいのでしょうか? 何が本作の初公開時に、多くの人々に嫌悪と拒絶の感情を抱かせたのでしょうか。
1962年、人々の俗悪な好奇心を刺激して成功を収めたイタリアのドキュメンタリー映画『世界残酷物語』が製作されます。それは「モンド映画」と呼ばれる、多くの類似作を誕生させました。
数々の悪趣味なシーンも、「現実に起きている光景の記録」であれば観客に見てもらう意義がある。無論これは製作者たちの口実に過ぎません。
続々誕生する「モンド映画はより刺激的なシーンを求め、やらせや捏造を行い始めます。それは見る側もある程度理解しており、そのいかがわしさも含めて娯楽と受け入れられ消費されていきました。
作り手たちもそういった作品…ヨーロッパでは物議を呼び批判の対象にもなりました…こういった作品が、アジア市場、特に日本で大人気であると悟ります。
世界中でテレビが普及し始め、映画は斜陽産業だと言われ始めた1970年代。イタリア映画界は低予算のジャンル映画製作に活路を見い出そうとしていました。
俗悪と呼ばれても、より刺激的なシーンを持つ映画を作ろう。実際の事故や事件の映像を見せるのも悪くない。それが手に入らなければ、自分たちで作ればよい。
やがてホラー映画など、レンタルビデオ向けのジャンル映画がイタリアで量産される時代がやって来ます。そんな状況にあった1980年に『食人族』が誕生したのです。
悪趣味を詰め込んだ凶悪映画
(C)F.D.Cinematografica S.r.l.1980
2022年に亡くなったデオダート監督は、2020年のインタビューでこう語りました。「人々は私をホラー監督と呼びますが、実は私はホラー映画を数本しか監督していません」
「私の『食人族』はホラー映画ではなく、現実を描いた作品です。 私たちが生きる世界が実に暴力的で暗い結果であり、それは私のせいではありません」と語っています。
当時イタリアではテロが深刻な問題だった(極左テロ組織「赤い旅団」がモーロ元首相誘拐暗殺事件を起こしたのは1978年)、私の7歳の息子がテレビの報道で暴力や死体を見ている姿に腹を立てていた、と説明する監督。
2010年の別のインタビューでは、家族を殺人事件で失った人物に執拗に迫るジャーナリストを強く批判しています。「取材者は何を求めている?センセーションだけを追求し、そこまでして視聴者を増やしたいのか?私はそんな行為に反対です」
「フィクションの場合、つまり私が手がけた映画の中で何かした場合には、”邪悪な犯罪行為”だと非難される。一方マスコミが同じものを見せた場合には賞賛されるのです」と話しました。
自分がフィクションの映画を作れば検閲され、カットされ、時には焼却したいとさえ望まれた、と訴える監督。このような状況が私に本作を製作させたと説明しています。
確かに本作には痛烈なジャーナリズム批判が存在します。しかし一方で本作は公開時から、社会批判を口実に悪趣味な残酷シーンを並べた、セクスプロイテーション映画に過ぎないと攻撃されました。
本作は”悪趣味な見世物”に過ぎないのか、それとも”社会批判を潜ませたジャンル映画”と見るべきなのか。これは皆様の判断にお任せしましょう。
そして『食人族』の後半に登場する問題の映像は、後に『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(1999)で話題となる、モキュメンタリー手法の先駆けと評されます。
デオダート監督自身も『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』や、更に発展したファウンド・フッテージ手法で描いた『REC レック』(2007)に『クローバーフィールド HAKAISHA』(2008)を高く評価していました。
しかし『REC レック』も『クローバーフィールド』も、モンスターが登場する場面からは興味を失ったと告白しました。「ゾンビやクリーチャーの使用は、私が作る映画の本質に反しています」と語る監督。
こう証言した監督は徹底した現実主義者のようです。そして彼のリアル志向は『食人族』に、不朽の残虐シーンを与えることになりました。
様々な拒絶反応は訴訟騒ぎに発展
(C)F.D.Cinematografica S.r.l.1980
フィルム没収に上映禁止、ビデオの発売中止などの反応を世界各国で生んだ本作。一方で怖いものを見たいと望む観客を集め、世界(特に日本)で興行的成功を収めました。
では、なぜ”成功”を収めたのでしょう。それは”食人”だけでなく生きた動物を解体して食するシーンや、そして暴力を伴う性的描写など、多くの刺激的要素が人々を引き付けた結果です。
そして本作に対しては、どのような拒絶反応があったのでしょうか。まず本国イタリア・ミラノでは初公開から10日後、判事の命令により本作のフィルムが没収されました。
続いてデオダート監督はわいせつ罪で起訴されました。そして本作がフランスで公開されると、ある雑誌が「劇中に登場する死の一部は、本物だ」と報じます。
その結果殺人罪で告訴された監督。あの有名な”串刺しシーン”を追求され種明かしをしました。実はこのシーン、コロンビア人の衣装係の女性が「自転車のサドルに座り、バルサ材で作った棒をくわえていた」のだと。
後日このシーンの特殊効果について、本作のファンであるクエンティン・タランティーノに聞かれたデオダート監督は、「かかった費用は10ドルだ(本当?)」と答えて驚かせました。
しかし”殺人”の疑いはまだ晴れません。なぜなら劇中で死亡した4人の俳優は信憑性を持たせるべく、本作公開後の1年間はメディアなどに露出しないという契約を結んでいたからです。
映画宣伝としては面白い試みですが、劇中で殺害された人物が姿を消している状況で”スナッフフィルム疑惑”をかけられてはたまりません。
結局4人の俳優はイタリアのテレビ番組のインタビューを受けて健在をアピールし、”串刺し”を演じた女性の生存も証明されると、ようやく殺人罪での告訴は取り下げられました。
ところが今度は劇中での動物の扱いについて、動物愛護団体から告訴されます。これに関して監督は当時「あの動物は現地では食料扱いされており、殺した後は食べたから問題ない」と反論します。
後に「本作の問題は動物への暴力行為であり、それが無ければカットされずに上映できた」「何かショッキングなことを行わねば注目されなかった。無論人間は殺せないので、そこで動物が殺された」と騒動の背景を語った監督。
数々の残酷シーンを盛り込み、それに真実味を与えるべく様々な仕掛けと計算が本作に用意されていたとお判り頂けましたか。
監督ら製作が告訴された背景も、実際には”殺人行為”などを信じた結果ではなく、このような映画はモラル的に許しがたいと考えた人々が、本作の公開をあらゆる手段を用いて妨害を試みた。これが公開時に発生した状況と思われます。
実際のところ”殺人”の疑いは消えてもわいせつ、動物虐待を争う法廷闘争は続き、それらを理由に様々な国で上映やビデオ発売が禁止されました。
このような騒ぎを横目に、本作が話題となって大ヒットを記録させたのが昭和の日本。真の野蛮人とは、果たして誰なのでしょうか。
まとめ
(C)F.D.Cinematografica S.r.l.1980
デオダート監督はかつて『食人族』は、「初公開から現在までに世界で2億ドル稼いだ(発言の信憑性は疑問視されています)」「日本では2100万ドル稼ぎ、公開時『E.T.』(1982)に次ぐ興行成績を記録した(…何が根拠の発言なのか、事実ではありません)」と語っていました。
『食人族』は元々の原題は「The Green Inferno」でした。この言葉は劇中に登場し、本作の大ファンであるイーライ・ロス監督は、自作の”食人映画”に『グリーン・インフェルノ』(2013)のタイトルを与えます。
しかし本作の製作陣は、タイトルをよりセンセーショナルにしたいと判断し「Cannibal Holocaust」に変更します。意味は言うまでもないでしょうし、とても褒められた判断とは言えません。
果たして『食人族』は職人監督が手がけ、大きな成功を収めた低予算映画でしょうか。ジャーナリズムのあり方を風刺した、モキュメンタリー手法の先駆的映画でしょうか。
それとも見世物主義に徹した山師的性格を持つ監督が放つ、仕掛けに満ちた悪趣味映画でしょうか。私には結論は出せません。
様々な要素を併せ持った結果、今も衝撃の問題作であり続ける『食人族』。人間の暗い欲望と好奇心に忠実過ぎた商業映画は、これからも人々の関心を集めるでしょう。
『食人族』の“4Kリマスター無修正完全版”が、日本公開40周年を記念して2023年5月5日(金・祝)から劇場公開!
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)